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《メデューズ号の筏》

Le Radeau de la Méduse
《メデューズ号の筏》テオドール・ジェリコー
Wikimedia Commons / ルーヴル美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
テオドール・ジェリコー
制作年
1818–1819年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
491 × 716 cm

荒れた海に漂う粗末な筏の上に、死者と生き残った男たちが重なり合う。左手前では老人が若者の骸を抱いてうなだれ、右上では男たちが身を起こして、水平線のかなたの小さな船影に布を振る。

概要

《メデューズ号の筏》(仏: Le Radeau de la Méduse)は、テオドール・ジェリコーが1818年から1819年にかけて描いた油彩画である。縦491センチ、横716センチの大画面で、ルーヴル美術館が所蔵する。所蔵館によれば、1816年7月2日にセネガル沖のアルガン浅瀬で座礁したフリゲート艦メデューズ号の遭難を題材にしている。船の残骸で組んだ筏に150人が乗り移ったが、曳航の綱が切られて見捨てられ、12日間を海の上で過ごした。ブリッグ艦アルギュス号に見つけられたとき、生き残っていたのは15人だけだった。1819年のサロンに「難破の情景」の題で出品された、ロマン主義を代表する歴史画である。

画面の読み解き

うねる暗い海に、帆柱を立てた筏が斜めに浮かぶ。手前には力尽きた死者たちが横たわり、左では赤い布をまとった老人が、膝の上の裸の若者の骸を抱いたまま、頬杖をついて放心したように遠くを見る。その奥から、生き残った男たちが折り重なるように身を起こし、右上へ向かって手を伸ばす。頂では、樽の上に立った一人の男が、支えられながら布を高く振る。そのかなた、右の水平線の上に、小さな船影がかすかに見える。左手には大きな波が迫り、空は重い雲に覆われて、奥にだけ赤みを帯びた明るさがのぞく。

技法・様式

フランス国立の美術解説サイト「パノラマ・ド・ラール」(ステファニー・カバンヌ執筆)によれば、ジェリコーは生存者の地理技師アレクサンドル・コレアールと外科医ジャン=バティスト・サヴィニーの記録を読み、筏の模型を作らせ、パリのボージョン病院から手に入れた遺体を研究した。画面は、交差して釣り合う二つのピラミッド形で組み立てられている。一方の頂は左の帆柱に、もう一方の頂は、水平線に見えるアルギュス号の船影を示す男に向かう。手前中央で頭をのけぞらせた人物のモデルは、若いウジェーヌ・ドラクロワが務めた。

来歴

所蔵館によれば、1819年のサロンではルーヴル宮のサロン・カレに「難破の情景」の題で掛けられた。「パノラマ・ド・ラール」によれば、座礁の原因をつくった艦長は、1791年にイギリスへ亡命していた王党派で、王政復古の政府に任命された人物だった。そのため観客は本作に国王ルイ18世の政府への批判を読み取り、サロンでは物議をかもしたが、その後イギリスで大きな成功を収めた。1824年、画家の死後の競売で、王室のために美術館総監フォルバン伯の代理ピエール・ジョゼフ・ドゥドゥルー=ドルシーが6,005フランで買い入れた。所蔵番号INV 4884。ドノン翼の第700室(モリアンの間)に展示されている。

意義

王や英雄ではなく、政府の失策が招いた同時代の遭難と、極限に置かれた無名の人々の苦しみを、歴史画の最大級の画面に描いたところに本作の新しさがある。モデルを務めたドラクロワは、のちに《民衆を導く自由の女神》などで、同時代の出来事を描くロマン主義の大作を発表していく。