《ネーデルラントの諺》
海辺の村のあちこちで、人々が妙なふるまいをしている。壁に頭を打ちつけ、豚に花を撒き、青い外套を夫に着せる。すべてが当時のことわざを字義どおり絵にしたもので、その数は百を超える。
概要
《ネーデルラントの諺》(蘭: Nederlandse Spreekwoorden)は、ピーテル・ブリューゲル(父)が1559年に描いた板絵である。縦117センチ、横163センチのオーク材のパネルに油彩で描かれ、ベルリンのベルリン絵画館が所蔵する。村の暮らしのなかに百を超えることわざと慣用句を字義どおり描き込んだ、北方ルネサンスの風俗画である。
来歴
もとの題は《青い外套》あるいは《世の愚かさ》で、ことわざを並べること自体より、人の愚かさを一覧にすることに主眼があったと考えられている。1558年頃にはフランス・ホーヘンベルフが43のことわざを版画にしており、同じ発想は当時広く共有されていた。ブリューゲル自身も1558年に《12の諺》を描いている(アントウェルペンのマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館蔵)。息子の小ピーテル・ブリューゲルは父の作品の模写を専門とし、本作だけで16点以上を残した。受入番号1720。1914年にベルリンの絵画館の所蔵となった。
画面の読み解き
舞台は海に面した村で、視線は画面中央の高さに置かれている。上へ行くほど奥へ傾く構図が空間を広く見せ、主軸は左下から右上の隅へ走る。左の家の壁には逆さまの地球儀が掛かる。世界がさかさまであることの印である。その手前では、赤い衣の女が夫に青い外套を着せている。夫を欺くという意味で、もとの題はここから来た。中央の天蓋の下には悪魔が座り、神なき世界を治める者として描かれる。人物の多くはうつろな顔つきをしており、これはブリューゲルが愚者を描くときの表情である。
技法・様式
画面の隅をわずかにゆがめて奥行きを稼ぐ手法や、左上に不自然な角度で置かれたパンケーキは、遠近法の効果を意識した意図的な操作とみられている。小さな人物を数十の群れに分けながら、どの一群も筋がわかるように配し、全体としては一つの村の情景にまとめあげている。細部を等しく丁寧に仕上げる描き方は、同じ画家の《雪中の狩人》や《農民の踊り》にも通じる。
意義
エラスムスの『格言集』やブラントの『阿呆船』、ラブレーの『ガルガンチュワとパンタグリュエル』と同じく、愚行を集めて見せる当時の文学と響き合う作品である。ことわざを絵にする試みは先例があったが、これほどの数を一つの画面に収めたものはなく、以後この主題の基準となった。世界は罪深く愚かだというブリューゲルの見方が、もっとも直截に表れた一枚でもある。