《一万人のキリスト教徒の殉教》
- 作者
- アルブレヒト・デューラー
- 制作年
- 1508年
- 素材
- 板からキャンバスへ移設 / 油絵具
- 寸法
- 99 × 87.5 cm
- 所蔵
- ウィーン美術史美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 北方ルネサンス
切り立った岩山と森を背に、無数の兵士たちが崖から突き落とされ、斬られ、十字架に掛けられる。右手前ではターバンを巻いた馬上の皇帝が処刑を見下ろす。画面の中央には、黒い衣の二人の男が静かに立ち、その惨劇を見つめている。
概要
《一万人のキリスト教徒の殉教》(独: Marter der zehntausend Christen)は、ドイツの画家アルブレヒト・デューラーが1508年に描いた油彩画である。縦99センチ、横87.5センチ。ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公の注文で、キリスト教に改宗した一万人の兵士が処刑される伝説を描く。もとは板に描かれ、19世紀初めにキャンバスへ移された。ウィーン美術史美術館が所蔵する。
画面の読み解き
所蔵館の解説によれば、中世の伝説では、ローマ皇帝ハドリアヌスが異教の君主アカティウスとその九千人の軍勢を雇って反乱を鎮めさせた。天使に勝利を約束されて勝った彼らはキリスト教に改宗し、皇帝の家臣からさらに千人が加わった。皇帝はペルシャ王サポルらの助けを得て彼らに死を宣告したが、兵士たちは恐ろしい責め苦に耐え抜いたという。画面では、崖から突き落とされる者、斬首される者、十字架に掛けられる者が、岩山と森のあちこちに描かれる。中景の左では、一万人に洗礼を授けたとされる司教ヘルモラウスに、東方の衣装の男二人が言い寄る。右手前で馬に乗るハドリアヌスは、巨大なオスマン風のターバンを巻き、東方の型の棍棒を手にする。中央には画家自身が、1508年に没したばかりの人文学者コンラート・ケルティスとともに立つ。こちらを見る画家の横で、友が司教の一団を指さし、信仰を貫くよう見る者に呼びかけている。
技法・様式
所蔵館によれば、19世紀の初めに板からキャンバスへ移し替えられた。画家が掲げる札には、画家の手で「ドイツ人アルベルト・デューラーが主の年1508年にこれを描いた」というラテン語と、モノグラムが書かれている。所蔵館は、迫害者たちの東方風の衣装の多くが、エジプトのマムルーク朝の装いを思わせると指摘する。こうした要素は、1505〜1507年の二度目のヴェネツィア滞在から帰った後に初めて現れ、カルパッチョやジェンティーレ・ベッリーニの物語画に学んだとみられる。同じ主題は、1497〜1498年の木版画でも描かれている。
来歴
所蔵館によれば、フリードリヒ賢明公は1507年、居城のあるヴィッテンベルクの城教会のために本作を注文し、1508年に完成した。主題には、選帝侯がこの教会に集めた膨大な聖遺物の影響がうかがえ、その中には一万人の殉教者や、その長アカティウス、司教ヘルモラウスのものも含まれていた。ja.wp によれば、デューラーは報酬として280グルデンを受け取った。1600年に神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が手に入れた。所蔵番号は GG 835。現在は絵画館の第XI室に、同じ画家の《聖三位一体の礼拝》とともに展示されている。
意義
所蔵館によれば、迫害者たちに東方の衣装をまとわせた本作は、同時代の多くの宗教画と同じく、南東ヨーロッパへ進出するオスマン帝国への脅威の感覚を映している。一万人の殉教という主題は、キリスト教徒の信仰の確かさと犠牲をいとわぬ心を示す手本にふさわしかった。ja.wp によれば、本作はデューラーの作品の中でも最も多くの人物を描き込んだ絵の一つである。美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンは、画家がこの主題を、裸体や動き、短縮法、広い空間を一つの画面に収める純粋に芸術上の課題として取り上げたと述べた。