《アルコレ橋のボナパルト》
戦場の煙を背に、長い髪をなびかせた若い将軍が、片手に剣、もう片方の手に軍旗を握って身を乗り出す。体は前へ突き進みながら、顔は後ろを振り返っている。
概要
《アルコレ橋のボナパルト》(仏: Le général Bonaparte au pont d'Arcole)は、フランスの画家アントワーヌ=ジャン・グロが1796年に描いた油彩画である。縦130センチ、横94センチのキャンバスで、ルーヴル美術館が所蔵し、ヴェルサイユ宮殿に寄託されて展示されている。1796年11月のアルコレの戦いで、軍旗を手に兵を率いる27歳の将軍ボナパルトを描く。
画面の読み解き
ルーヴル美術館の目録によれば、ボナパルトは腿の中ほどまでの姿で、すらりとした体を右へ向ける。金の柏葉を刺繍した濃紺の上着に赤い折り返しの襟をつけ、腰には金の房飾りのついた赤と白の飾り帯と剣帯を締める。右手には剣を固く握り、もう一方の手で第51半旅団第2大隊の軍旗を振りかざす。剣には「ボナパルト、イタリア軍」の銘がある。背景の煙は戦闘の場面を思わせる。『L'Histoire par l'image』(ロベール・フォール、パスカル・トレス)によれば、ボナパルトは幻のように画面に入り込み、突撃のあいだだけそこにとどまるかのようである。視線は後ろへ向けながら体は画面の左へ突き進み、全身が動きそのものとなる。背景の煙は、建物を焼く火災のものである。ナポレオン財団によれば、実際にはアルコレの橋は渡られなかったが、画家は挿話を美しく飾って伝説に変えた。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。『L'Histoire par l'image』によれば、人物は浮彫りのように扱われて彫刻的で、その点では古典の伝統にかなう。一方で、英雄的な気迫と生き生きとした筆さばきは、グロがフランスでの主な先駆者となるロマン主義を予告している。ヴェルサイユ宮殿の解説は、本作を何よりもまず肖像であり、同時に歴史画でもあるとし、グロが出来事を見分けられるだけの写実と、人物の理想化とをこの画布の中で混ぜ合わせたとみる。
来歴
ヴェルサイユ宮殿の記録によれば、1796年、ボナパルトが認めた下絵(ルーヴル美術館)をもとに、ミラノのセルベッローニ宮で写生して描かれた。『L'Histoire par l'image』によれば、画家はジェノヴァでジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと知り合い、ミラノへ連れられて夫に紹介されていた。本作は1801年のサロンに出品され、モデルの求めで版画にもなった。ルーヴル美術館によれば、皇帝の私有財産だった本作は、1879年2月12日のセーヌ裁判所の判決でルーヴル美術館に帰属した。1881年にヴェルサイユへ、1901年にコンピエーニュへ寄託され、1938年に再びヴェルサイユに移った。ほかにアレネンベルクのナポレオン博物館とエルミタージュ美術館に別の版がある。
意義
ナポレオン財団は本作を、ナポレオン神話の最初の象徴的な図像とし、勇気と気迫で自ら勝利をもぎ取る英雄的な征服者を讃えた絵とする。『L'Histoire par l'image』によれば、グロの最初の傑作で、ボナパルトを宣伝する絵画の最初期の道標の一つである。ここにはすでに、師ダヴィッドとともにグロをナポレオンの叙事詩の大画家とした、《ヤッファのペスト患者を見舞うボナパルト》(1804年)などの大作が予感されている。