《ゲツセマネの祈り》
夜明けの空の下、祭壇のような岩の上でキリストがひざまずいて祈り、雲間に現れた天使が杯を差し出す。手前では三人の弟子が眠りこけ、川の向こうからはユダに導かれた兵士たちが近づいてくる。
概要
《ゲツセマネの祈り》は、ヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・ベッリーニが1458年から1460年頃に描いたテンペラの板絵で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の記録では、板(おそらくポプラ材)に卵テンペラで、縦80.4センチ、横127センチ。所蔵番号はNG726で、1863年に購入され、館の63室に展示されている。逮捕を前にしたキリストが、ゲツセマネの園で祈る場面を描く。
画面の読み解き
館の解説によれば、弟子のユダはキリストを裏切り、川のすぐ向こうで兵士の一団をキリストのもとへ導いている。迫りくる逮捕と死を知るキリストは祈り、そこに現れた幼い天使が杯を差し出す。杯は「わが父よ、もしできることでしたら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままに」というキリストの祈りの言葉(マタイによる福音書26章39節)にちなむ。見張りに来た三人の弟子は眠り込んでいる。杯の真下、手前に置かれた尖った杭の柵は、磔刑のときにキリストがかぶせられた茨の冠を思わせ、杯をミサの聖餐の葡萄酒の杯に結びつける。キリストがひざまずく、ありそうもない形の岩は、教会の祭壇に似ている。
技法・様式
館によれば、ベッリーニはここで義兄アンドレア・マンテーニャの様式を試みている。左手前の岩はまっすぐな縁をもち、マンテーニャの岩のように鑿で刻んだように見え、衣のひだもマンテーニャのように鋭く張りつめている。赤外線反射撮影によれば、この二つの部分はとりわけ入念に下描きされ、衣はきわめて細かな習作にもとづくとみられる。衣の上に細い筆で金泥のハイライトを入れる手法もマンテーニャから取ったもので、朝の光を浴びるキリストを示すとともに、その神性を表しているのかもしれない。眠る弟子の一人はマンテーニャの作から写そうとしたものだが、短縮法の効果はマンテーニャに及ばない。キリストの桃色の衣は夜明けの空の淡い橙色の光に溶け込み、その光がふくらんだ雲の下側を照らして、場面全体を温かく包む。
来歴
館の来歴によれば、本作は18世紀にヴェネツィアの英国領事ジョゼフ・スミスが持っていたらしく、1795年の画家ジョシュア・レノルズの遺品の競売に出たとみられる。その後、1822年と1823年のウィリアム・ベックフォードの競売、1847年のエドワード・ハーマンの競売を経て、W・ダヴェンポート・ブロムリー師の収集に入り、1857年のマンチェスター美術名宝展に出品された。1863年6月12日の競売で、ナショナル・ギャラリーのために購入された。
意義
館によれば、ベッリーニは、マンテーニャが同じ場面を描いた作品(《ゲツセマネの祈り》)と、ヴェローナのサン・ゼーノ聖堂の祭壇画の裾絵を完成させた少し後に、本作を描いた。二人とも、ベッリーニの父ヤコポの素描を、祭壇のような岩の着想源にした。館は、ベッリーニがこの後も生涯をかけて、移ろう光が風景にもたらす効果へのたぐいまれな感受性を育てていったと述べる。2018年から2019年には、ロンドンとベルリンを巡った「マンテーニャとベッリーニ」展に出品された。