クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《サン・ゼーノ祭壇画》

Pala di San Zeno
《サン・ゼーノ祭壇画》アンドレア・マンテーニャ
Wikimedia Commons / サン・ゼーノ聖堂 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
アンドレア・マンテーニャ
制作年
1456–1459年
素材
板 / テンペラ
寸法
480 × 450 cm
広告

古代の神殿を思わせる金の額の中に、三つに区切られた柱廊が続く。中央では玉座の聖母子を天使たちが囲み、左右には聖人たちが並ぶ。頭上には花綱が下がり、その奥には青い空が広がる。下段には受難を描く三つの場面が並ぶ。

概要

《サン・ゼーノ祭壇画》(伊: Pala di San Zeno)は、イタリアの画家アンドレア・マンテーニャが1456年から1459年にかけて描いた祭壇画である。ヴェローナのベネディクト会サン・ゼーノ修道院の院長グレゴリオ・コッレールの注文で、聖堂の主祭壇のために制作された。高さ480センチ、幅450センチの大作で、中央と左右の三つの板絵からなる本体は、今もサン・ゼーノ聖堂の主祭壇に置かれている。

画面の読み解き

小松原彩の論文(2014年)によれば、本体は玉座の聖母子を聖人たちが囲む「聖会話」で、その下の裾絵(プレデッラ)に、左から《ゲツセマネの祈り》《磔刑》《キリストの復活》が並ぶ。全体はギリシアの神殿の正面をかたどり、聖人たちはほぼ等身大に描かれる。イタリア政府観光局のサイトによれば、左からペテロ、パウロ、聖ゼーノ、ベネディクトゥス、ラウレンティウス、大グレゴリウス、洗礼者ヨハネらが並ぶ。聖母と聖人たちを囲む赤と白の薔薇の花綱は、聖母の象徴である「閉ざされた園」を暗示する。本体の青い空は裾絵の空とつながり、神殿が空に浮かんでいるかのように見える。玉座の下の絨毯の縁にある「1443」の銘は、コッレールがおじから修道院長の職を受け継いだ年を示す。

技法・様式

ルーヴル美術館の2008年の展覧会の解説によれば、マンテーニャは聖人たちを本体の幅いっぱいに続く古代風の玄関の間に置くため、パドヴァのサンタントーニオ聖堂のドナテッロのブロンズの祭壇を手本とした。右側の窓から差し込む聖堂の自然光を、画中の空間の光と一致させ、彫刻した額の円柱と描かれた柱廊の付け柱を並べるほど、錯視を推し進めている。裾絵の3点には、ヴェネト地方で見られたフランドルの巨匠への傾倒と、ジョヴァンニ・ベッリーニに多くを負う自然の感覚が表れている。小松原は、裾絵の人物の線を延ばすと本体の消失点に集まることを指摘している。

来歴

トゥール美術館の資料によれば、注文は1456年の末で、祭壇画は1459年に完成した。1797年5月15日、フランス政府の委員だった化学者ベルトレによって接収されて解体され、マンテーニャが考案した額だけが現地に残された。6点の板絵は1798年7月27日にパリに着いた。左右の裾絵はトゥールの美術館に割り当てられ、中央の《磔刑》はルーヴル美術館に残った。1815年に本体はヴェローナに戻り、失われた裾絵は写しで補われた。

意義

小松原によれば、本作はドナテッロに由来するトスカーナの古典的な形と、北方の写実的な空間表現を結びつけ、北イタリアの聖会話の規範となった。高い台座に飾られた荘厳な聖母の玉座は、ジョヴァンニ・ベッリーニらの祭壇画に受け継がれた。トゥール美術館の資料は、注文主に大きな自由を与えられた本作が、北イタリアのルネサンスの祭壇画の転機をなすと述べる。