
デューラーの肖像にもとづく、アエギディウス・サーデラーに帰属される版画(1590年頃)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1480–1524年
- 国籍
- 南ネーデルラント
- 様式
- 北方ルネサンス(初期ネーデルラント絵画)
ヨアヒム・パティニール
1480年ごろにディナンに生まれ、1524年にアントウェルペンで没したフランドルの画家。デューラーに「よき風景画家」と呼ばれ、風景を専門とした最初の近代の画家として、独立した風景画の先駆けとされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
プラド美術館の画家解説(ピケロ・ロペス執筆)によれば、1480年ごろ、ムーズ川のほとりの町ディナン(現在のベルギー)に生まれた。修業については記録がないが、ブルッヘで画業を始め、ヘラルト・ダヴィトの作品を知ったとみられる。1515年にはアントウェルペンの親方の名簿に名が見える。1520年から翌年にネーデルラントを訪れたアルブレヒト・デューラーと親しくなり、デューラーは彼の肖像を描き、娘の婚礼にも出席した。1521年にジャンヌ・ナイツと再婚し、1524年にアントウェルペンで没した。
様式
同解説によれば、広々とした大地、高い地平線、尖った幻想的な岩山が、現実と象徴を溶け合わせる。宗教の主題は主に風景を描くための口実で、青と緑の色づかいが際立つ。初期にはヒエロニムス・ボスとダヴィトの影響を受けたが、ボスの風刺はもたない。光と影の扱いは、17世紀のオランダの画家たちを先取りする。クエンティン・マサイスが作中の人物を描くこともあった。
代表作
同館の解説は、署名のある作品としてカールスルーエの《聖ヒエロニムス》とアントウェルペンの《エジプトへの逃避》を挙げる。プラド美術館は《ステュクス川を渡るカロンのいる風景》、《聖ヒエロニムスのいる風景》、マサイスと共作した《聖アントニウスの誘惑》を所蔵する。
影響
デューラーは旅日記で彼を「よき風景画家」と呼んだ。プラド美術館が2007年に開いた展覧会は、風景を専門とした最初の近代の画家で、独立した風景画の最も早い先駆けとした。1540年には、フェリペ・デ・ゲバラがロヒール・ファン・デル・ウェイデンとヤン・ファン・エイクと並ぶ三大画家の一人に数えた。マサイスの息子コルネリスは弟子で、のちにその娘と結婚した。