《扇を持つ女》
鳳凰や鶴、蓮の花を描いた黄色い地を背に、黒髪の女性が顔を左に向けて遠くを見やる。衣は肩から滑り落ち、あらわな胸もとを、赤い地に細かな模様をあしらった扇が隠している。
概要
《扇を持つ女》(独: Dame mit Fächer)は、オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1917年から1918年にかけて描いた油彩画である。縦横とも100.2センチの正方形のキャンバスで、現在は個人が所蔵する。ベルヴェデーレ美術館によれば、クリムトが1917年に手がけた最後の絵で、細部のいくつかを除いてほぼ仕上がっていた。1918年に画家が没した直後、ウィーン13区フェルトミュールガッセ11番地のアトリエで撮られた写真には、未完の《花嫁》とともに、イーゼルに置かれた本作が写っている。
画面の読み解き
黄色い地に花と鳥を散らした背景の前で、黒い巻き毛の女性が顔を左に向け、遠くを見やる。サザビーズによれば、肖像画はふつう縦長に描かれるが、ここでは画家が風景画に用いてきた正方形の画面が選ばれた。同社は、肌に散らした青と桃色の小さな筆跡、羽毛のような睫毛の線、すぼめた唇に、この絵の美しさと官能を見る。ベルヴェデーレ美術館によれば、女性は中国の衣をまとい、衣は肩から滑り落ちて、あらわな胸を扇が隠す。背景の壁紙には、中国の鳳凰、鶴、金鶏、蓮の花が描かれ、いずれも東アジアの美術で幸運の象徴とされる。同館は、モデルは社交界の婦人ではなく無名の女性で、おそらく踊り子だったとみる。1920〜1921年の雑誌では「踊り子」の題で紹介されている。サザビーズの記事は、クリムトとシーレのモデルを務めた友人ヨハンナ・シュタウデとする説を挙げつつ、正体はわからないとする。
技法・様式
ベルヴェデーレ美術館によれば、クリムトは1890年代から東アジアの美術を学び、はじめは主に日本、のちには中国、朝鮮、ペルシア、インドの美術にも目を向けて、装飾だけでなく構図や配色も取り入れた。扇を持つ女性という主題も、画家が多く集めた、芸者など評判の美人を描く日本の木版画を思わせるという。サザビーズは、背景を平らにして文様を並べる手法に、日本の木版画への深い関心をみる。平らな色面は、ジャポニスムの画家たちが浮世絵から学んだ手法でもある。画家の家を訪ねたエゴン・シーレは、壁を覆う日本の版画と、中国と日本の衣を収めた大きな衣装戸棚のことを書き残した。同社によれば、《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》のような「黄金様式」の絵では、人物は金の文様の中にイコンのように置かれたが、本作の女性は背景に溶け込み、肌の柔らかな模様が淡い黄色の地に繰り返される。
来歴
サザビーズの来歴によれば、本作はウィーンの画廊グスタフ・ネーベハイを経て、1920年までに実業家エルヴィン・ベーラーのものとなった。ベーラー家はクリムトとシーレの友人で支援者でもあり、本作はヨーゼフ・ホフマンが内装を手がけた住まいの音楽室に、クリムトの風景画とともに掛けられた。ベーラーは1920年の「クンストシャウ」に本作を出品したが、ベルヴェデーレ美術館によれば、2021年までウィーンで公開されたのはこのときだけだった。のち兄弟のハインリヒの手に渡り、1940年にその妻メイベルが受け継ぐ。1960年代にはウィーンの収集家ルドルフ・レオポルドが所有し、1981年には東京の伊勢丹美術館など日本の5会場を巡回した「グスタフ・クリムト」展に出品された。ニューヨークのウェンデル・チェリーの収集を経て、1994年5月11日にニューヨークのサザビーズで売られ、現在の所有者の一族が買い取った。
意義
サザビーズは、本作をクリムトが描いた最後の肖像画とする。2021年3月25日から2022年2月13日まで、ベルヴェデーレ美術館は本作を中心に「扇を持つ女 グスタフ・クリムトの最後の作品」展を開き、未完の《花嫁》や《アダムとイヴ》と並べて、画家が死の直前に新しい段階へ踏み出していたことを示した。2023年6月27日、本作はロンドンのサザビーズの競売で、4人の客による10分間の競り合いの末、手数料込み8530万5800ポンドで落札された。同社によれば、当時ヨーロッパの競売で売られた美術品の最高額で、クリムトの落札記録も更新した。