《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》
金色の渦巻きと目の文様に埋めつくされた画面から、黒髪の女性の顔と肩、組み合わせた両手だけがくっきりと浮かび上がる。紅潮した頬と赤い唇、首元のダイヤモンドのチョーカーが、金の光の中で目を引く。
概要
《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》(英: Portrait of Adele Bloch-Bauer I)は、グスタフ・クリムトが1907年に完成させた肖像画である。キャンバスに油彩と金、銀を用いた、縦横とも138センチの正方形の画面で、ニューヨークのノイエ・ギャラリーが所蔵する。夫フェルディナントとともにウィーン屈指の美術収集を築いたアデーレ・ブロッホ=バウアーを描く。「黄金の女」の通称で知られ、所蔵館によれば、クリムトの「黄金様式」で最も優れた肖像と呼ばれてきた。アール・ヌーヴォーの流れをくむ世紀末ウィーンを代表する一点である。
画面の読み解き
背景の金地と金色の文様に埋めつくされた画面の中央に、アデーレの顔と肩、組み合わせた両手だけが写実的に浮かび上がる。所蔵館によれば、立っているのか、渦巻き模様に覆われた肘掛け椅子に座っているのかは曖昧で、顔のまわりを金の装飾に富んだ光輪のような形が囲む。紅潮した頬と鮮やかな赤い唇が、モデルの官能をうかがわせる。両手を珍しい形で組んでいるのは、本人がひどく気にしていた指の変形を隠すためだという。首には夫から結婚の贈り物として贈られたダイヤモンドのチョーカーを巻き、体に沿う衣は、金の三角形の中に置いた「すべてを見通す目」の文様で飾られる。まわりを包む薄い外套には、頭文字「AB」が浅い浮彫りで散りばめられている。
技法・様式
所蔵館によれば、クリムトは1903年に制作を始めた。当初はアデーレの両親の結婚記念日の贈り物になるはずだったが、仕事の遅いクリムトは間に合わなかった。同じ年の12月、クリムトはイタリアのラヴェンナで6世紀のサン・ヴィターレ聖堂を訪れ、皇妃テオドラを描いたビザンティンのモザイクに深く感銘を受けて、「前代未聞の輝き」と書き残している。本作には、半貴石のような宝石めいた部分と、つややかな金と銀の層が重ねられた。左下の縁の黒と白の飾りは、ウィーン工房が作ったクリムトのアトリエの家具の装飾を思わせる。
来歴
所蔵館によれば、アデーレと夫は、ビーダーマイヤー期の絵画や近代彫刻、ウィーン磁器、そしてクリムトの作品を集めた名高い収集家で、クリムトの絵は夫妻の邸宅のアデーレの私室に掛けられていた。クリムトが全身像の肖像を二度描いたのは、アデーレただ一人である(もう一点は《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 II》)。1938年、本作は夫妻の家からナチスに奪われた5点のクリムトの一つとなり、その後何十年もウィーンで、モデルの身元を隠すため「黄金の女」と名を変えて展示された。姪のマリア・アルトマンが家族の財産の返還を求めて争い、オーストリアの仲裁法廷は相続人への返還を決めた。2006年、ロナルド・S・ローダーが本作をノイエ・ギャラリーのために買い入れ、以後、家族の意向どおり同館で常設展示されている。
意義
所蔵館は、本作がモデルの抗しがたい美しさと官能を描いただけでなく、入り組んだ装飾と異国的な文様によって、新しい自己を大胆につくり出そうとする近代の文化の幕開けを告げたとする。2015年には、アルトマンの返還請求を描いた映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』が公開され、所蔵館もこれに合わせて、クリムトとアデーレの関係に光を当てた展覧会を開いた。所蔵館によれば、本作の来歴は、粘り強さと正義の物語でもある。