
ハンス・ブルクマイアー(父)に帰せられる《マルティン・ショーンガウアーの肖像》(アルテ・ピナコテーク)
Wikimedia Commons / アルテ・ピナコテーク / Public domain- 生没年
- 1440–1491年
- 国籍
- 神聖ローマ帝国
- 様式
- 後期ゴシック・北方ルネサンス
マルティン・ショーンガウアー
1445年ごろにコルマールで生まれ、1491年に没したドイツの画家・版画家。署名した116点の銅版画で名高く、フランドルの写実と上ライン地方の柔らかな理想美を結びつけた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
コルマールのウンターリンデン美術館の解説資料によれば、1445年ごろにコルマールで、南バイエルンのショーンガウに由来する金細工師の家に生まれた。父カスパールはアウクスブルクを経て1440年にコルマールに住み、5人の息子のうち3人が金細工師、ルートヴィヒとマルティンが画家となった。1460年ごろ、おそらく父の工房で金細工を学び、ついでコルマールの画家カスパール・イーゼンマンのもとで絵の修業を始めたとみられる。北へ旅してニュルンベルクのハンス・プレイデンヴルフの工房にしばらく身を置き、ヤン・ファン・エイク、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン、ディルク・バウツらフランドルの巨匠に強く倣った作品に触れた。生涯で唯一確かな事実は、1465年10月のライプツィヒ大学への入学である。帰り道にはケルンを経てヘント、ブルッヘ、トゥルネー、ブリュッセルを訪れ、初期フランドル派の絵を直接見たと考えられる。1491年に没した。記録は乏しく、その伝記は空白が多い。
様式
同資料によれば、何よりも版画家として知られ、すべて署名のある116点の版画が残る。作品に組み文字「M+S」を入れた、素性の知られた最初の組み文字の版画家である。主題の多くは新約聖書の宗教画だが、日常の情景や動物、金細工の意匠、唐草の装飾など29点の世俗の主題もある。絵画では、フランドルからもたらされた自然主義と、上ライン地方の画家から受け継いだ理想的な柔らかさとを釣り合わせた。
代表作
同資料によれば、確かに帰属できる絵画は板絵7点ほどで、ウンターリンデン美術館のオルリエの祭壇画とドミニコ会の祭壇画、近くのドミニコ会教会にある《薔薇垣の聖母》(1473年)が含まれる。ほかにブライザッハの聖シュテファン教会の壁画がある。
影響
同資料によれば、版画は確実に彼のものといえる唯一の作品群で、絵画には署名も同時代の制作の記録も残らない。コルマールでは、生地にゆかりの作品がウンターリンデン美術館と隣のドミニコ会教会にまとまって残る。