《エジプトへの逃避》
- 作者
- アダム・エルスハイマー
- 制作年
- 1609年
- 素材
- 銅板 / 油絵具
- 寸法
- 30.6 × 41.5 cm
- 所蔵
- アルテ・ピナコテーク
- 時代
- バロック・ロココ
星の散る夜空の下、暗い森のふちを、ロバに乗った聖母子とヨセフが進む。ヨセフの松明が母子を照らし、右には満月が昇って水面に映り、左では牧人たちが火を焚く。空には天の川が斜めに流れる。
概要
《エジプトへの逃避》(独: Die Flucht nach Ägypten)は、ドイツの画家アダム・エルスハイマーが1609年にローマで描いた油彩画である。縦30.6センチ、横41.5センチの銅板に、夜の森を抜けてエジプトへ逃れる聖家族を描いたキャビネット・ペインティングで、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークが所蔵する。
画面の読み解き
館によれば、暗い森を背に、聖家族がヘロデ王から逃れて夜の中を進む。主題は『マタイによる福音書』に拠り、天使のお告げを受けたヨセフが、幼子イエスとマリアを連れて夜のうちにエジプトへ逃れる。館が Google Arts & Culture に寄せた解説によれば、明るい月夜にもかかわらずヨセフは燃える松明で母子の道を照らし、画家はその炎を機に、冷たい月光と暖かな炎の光を比べている。1675年、画家で著述家のヨアヒム・フォン・ザンドラルトは本作を詳しく記した。マントにくるまれた幼子とロバの上の聖母、小川を渡るロバを引いて松明を掲げるヨセフ、遠くで火を焚く牧人と水に映る炎、森の上の星々と天の川、雲のそばに昇って水面に影を落とす満月を挙げ、これまで誰も描いたことのない作だと称えている。
技法・様式
銅板に油彩で描かれる。館によれば、天空と天の川の細やかな描写は、発明されたばかりの望遠鏡を用いたガリレオ・ガリレイとフェデリコ・チェージの観測に基づく。館の解説は、本作を、天の川を一つ一つの星の集まりとして描いた現存最古の作品とする。英語版ウィキペディアによれば、左端のおおぐま座や、聖家族の頭上のしし座とその一等星レグルスも見分けられる。ガリレオが1610年に『星界の報告』を出したのを受けて画家が描き直したとする説もあるが、研究者キース・アンドリュースは反論している。
来歴
英語版によれば、1610年に画家がローマで没したとき、本作は寝室に掛かっていた。1611年1月14日付のルーベンスの手紙は、未亡人が求めた300スクードという法外な値に触れている。絵はやがて画家のもとで学んだヘンドリック・ホートの手に渡り、ユトレヒトへ運ばれた。館によれば、のちにプファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムの収集に入った。所蔵番号は216。
意義
英語版によれば、宗教画と風景画を新しく融け合わせ、光と闇を細やかに対比させた本作は、画家の最もよく知られた作品で、おそらく最後の作でもある。中世から天国への道を象徴した天の川は、霊的な意味も帯びる。作品はクロード・ロランやルーベンスに影響を与え、ホートの版画を通じてエルスハイマーを知ったレンブラントの同じ主題の作(1627年)にも着想を与えた可能性がある。のちにはドイツ・ロマン主義のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《バルト海の夕べ》(1831年)の焚き火の光にも、その面影が見られる。