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《キリスト昇架》

De kruisoprichting
《キリスト昇架》ピーテル・パウル・ルーベンス
Wikimedia Commons / アントウェルペン大聖堂 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ピーテル・パウル・ルーベンス
制作年
1610–1611年
素材
オーク・パネル / 油絵具
寸法
460 × 640 cm
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筋骨たくましい男たちが、キリストを釘づけにした十字架を力を合わせて起こし上げる。左の翼では聖母と聖ヨハネ、嘆く女たちが見守り、右の翼では馬上のローマの指揮官が処刑を命じ、兵が二人の盗人を引き立てる。

概要

《キリスト昇架》(蘭: De kruisoprichting)は、ピーテル・パウル・ルーベンスが1610年から1611年にかけて描いた三連の祭壇画である。オーク材の板に油彩で描かれ、中央のパネルは縦460センチ、横340センチ、左右の翼はそれぞれ縦460センチ、横150センチある。アントウェルペンの聖ワルブルガ教会の主祭壇のために注文され、現在はアントウェルペン大聖堂に掛かる。キリストを釘づけにした十字架が起こされる瞬間を描く、フランドル・バロック絵画を代表する大作である。

画面の読み解き

中央のパネルでは、裸に近い筋骨たくましい男たちと甲冑の兵士が、キリストを打ちつけた十字架を斜めに押し上げる。キリストは両腕を広げて天を仰ぎ、十字架の上端には罪状書きの札が掲げられる。左下では犬が吠え、右上には木が枝を張る。左の翼では、聖ヨハネと聖母マリアが立ち尽くし、その手前で女たちが幼子を抱いて泣き崩れる。右の翼では、赤いマントのローマの指揮官が、あがく馬の上から処刑の命令を下し、兵が二人の盗人の一人の髪をつかんで引き立て、もう一人は地面に横たえられている。空には、日食のように暗く翳った太陽が浮かぶ。

技法・様式

所蔵先の大聖堂によれば、三連の祭壇画はふつう中央と左右の翼に別々の場面を描くが、本作では三枚のパネルが一つの場面を成している。画面は動きに満ち、遠くからでも見る者を場面の中へ引き込む。こうした表現は、ルーベンスと同時代の人々の目に新しいものだった。ハーヴァード美術館の素描の解説によれば、ルーベンスは最初の油彩の下絵ののち構図を大きく練り直し、十字架に平らに寝かせていたキリストを、正面に向けて力強くねじれる姿に改めた。キリストや刑吏、聖母の手などは、スタジオでポーズをとらせたモデルから黒と白のチョークで素描し、完成作ではキリストの姿は等身大を超えている。

来歴

ハーヴァード美術館の解説によれば、1610年6月に聖ワルブルガ教会の司祭と教会役員が主祭壇の祭壇画をルーベンスに注文した。全体は高さ約10.7メートル、幅約6.4メートルに及び、三連の祭壇画に三つの部分からなる下段の絵と、父なる神の絵、金箔の木彫のペリカン、切り抜いた板絵の二人の天使が組み合わされていた。1611年3月の手紙は、絵がすでに高く評価されていたことを伝え、同年8月の大きな支払いは、そのころまでに完成していたことを示す。祭壇は1733年に解体されたが、三連の祭壇画は1794年まで教会に残った。所蔵先の大聖堂によれば、フランスの統治下でパリに運ばれ、ナポレオンの失脚後にアントウェルペンに戻って、大聖堂に置かれた。1816年から大聖堂で展示されている。聖ワルブルガ教会はその後取り壊された。

意義

所蔵先の大聖堂は、劇的な表現と強い感情、豊かな細部をそなえた本作を、バロックと対抗宗教改革の絵画を代表する作品の一つとしている。大聖堂の中心部には、本作のほか《キリスト降架》(1611〜1614年)と《聖母被昇天》が並び、うち後の2点は描かれた建物に今も掛かっている。大聖堂は、これを世界でほかに見られない光景と紹介している。注文を受けてから1年余りで仕上げられた本作は、画面の構成から人物の一人ひとりまで、下絵と素描を重ねて練り上げられた。