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《聖母被昇天》

Tenhemelopneming van Maria
《聖母被昇天》ピーテル・パウル・ルーベンス
Wikimedia Commons / アントウェルペン大聖堂 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ピーテル・パウル・ルーベンス
制作年
1625–1626年
素材
板 / 油絵具
寸法
458 × 297 cm
流派
バロック / フランドル・バロック絵画
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上辺が弧を描く縦長の画面で、青い衣の聖母が天使たちに支えられ、光の差す天へと昇っていく。下では空になった墓を使徒と女たちが囲み、驚いて見上げたり、墓の中に残された布を手に取ったりしている。

概要

《聖母被昇天》は、フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンスが1625年から1626年にかけて描いた油彩の祭壇画で、ベルギーのアントウェルペン大聖堂(聖母大聖堂)の主祭壇に掲げられている。板に油彩で描かれた大画面で、マウリッツハイス美術館は、高さ5メートル近く、幅3メートル余りの板とする。フランデレン観光局の資料は、本作を《キリスト昇架》、《キリスト降架》などとともに、大聖堂に残るルーベンスの四つの傑作の一つに挙げている。

画面の読み解き

大聖堂の解説によれば、イエスの死後、弟子たちはマリアを自分たちの母と思うようになった。その死を知って墓に集まった彼らは、墓が空になっているのに驚く。画面の上では、優美な天使たちがマリアを天へと運んでいく。青い衣に薔薇色の布をまとった聖母は、左手を胸に当て、右手を差し伸べて光の差す上方を見上げ、周りでは翼のある天使や幼い天使たちが雲とともに舞い、花冠を差し出す天使もいる。下では、赤い衣の使徒が両手を挙げて見上げ、墓の周りに集まった使徒や女たちが、驚いたり、墓に残された布を手に取ったりしている。

技法・様式

大聖堂の解説によれば、物語は画面の上端では終わらない。祭壇のさらに上、絵からは見えない位置には、父と子と聖霊を表した半浮き彫りがあり、父と子は聖母を迎える冠を手にしている。聖母はすでに神を見上げており、絵の枠を越えて、神の待つ天へと帰っていく。ルーベンスは絵だけでなく、それを中心に据える祭壇そのものも設計していた。マウリッツハイス美術館には、注文主に構想を示すために描かれた本作の下絵(1622〜1625年頃)が所蔵されている。

来歴

マウリッツハイス美術館によれば、1619年11月12日、聖母教会の首席司祭ヨハネス・デル・リオが、聖母被昇天か聖母戴冠のいずれかを描いた板絵について、1,500ギルダーでルーベンスと契約を結び、主題には被昇天が選ばれた。彫刻家ロブレヒトとヤンのデ・ノルデによる高さ約14メートル、幅約7メートルの石の主祭壇が完成したのは1626年の春で、同年5月11日に板を据え付けた4人の運搬人に支払いがなされている。大聖堂によれば、ルーベンスの祭壇は18世紀の終わりに失われ、フランスの占領下で絵はパリへ運ばれた。1815年に大聖堂へ戻ったとき、新しい祭壇が必要になり、市の建築家ヤン・ブロムが、古い部材を組み合わせながらルーベンスの構想を尊重した祭壇を設計した。

意義

大聖堂は、この傑作を「家へ帰ること」の絵だとしている。キリスト教徒は神のもとにこそ本当の家があると望み、本作は死を迎えたマリアが神のもとへ向かう道のりを描く。息子の死に深く悲しんだ母が、天で再び息子に会える喜びが、天使たちの熱気とともに表されている。大聖堂は本作の頁に、詩人シルヴィア・プラスの詩「私は垂直」を添えて紹介している。