《火のついたタバコをくわえた骸骨》
- 作者
- フィンセント・ファン・ゴッホ
- 制作年
- 1886年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 32 × 24.5 cm
- 所蔵
- ファン・ゴッホ美術館
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- ポスト印象派
黒い闇から骸骨の胸から上が浮かび上がり、歯のあいだに火のついたタバコをくわえている。縦32センチの小さな画面で、ゴッホがアントワープの美術学校に通っていた数週間のあいだに描かれた。
概要
《火のついたタバコをくわえた骸骨》(蘭: Kop van een skelet met brandende sigaret)は、フィンセント・ファン・ゴッホが1886年の初めに描いた油彩画である。縦32センチ、横24.5センチ。アムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵する。骨格標本を主題にした小品で、ポスト印象派に括られる画家の作品のなかでも、パリへ出る前の暗い色づかいを残した一点である。
画面の読み解き
背景は塗り込められた暗色で、そこから骸骨の頭部と頸椎、鎖骨と肋骨が浮かび上がる。骨格は画面の下辺で断ち切られ、腰から下は描かれない。上下の歯のあいだには火のついたタバコがはさまれ、その一点だけが画面で明るく光る。骨は黄色みを帯びた白と灰緑で置かれ、頭頂と頬骨の縁に明るい絵具をのせて丸みが起こされている。眼窩と鼻腔の闇は背景の暗さと同じ色で、顔はほとんど穴の集まりとして扱われている。
技法・様式
ゴッホは1886年1月からアントワープの王立美術学校に通っていた。骨格を素描することは当時の学校の課程に含まれていたが、それを油彩で描くことは課題になく、本作は授業の合間か後に自分で描いたものとみられる。骨の構造はよく把握されており、解剖の訓練が身についていたことがわかる。一方で、黒く塗った背景に人体を切り出す扱いと土色に寄った絵具は、オランダ時代から続くもので、同じ年の後半にパリで明るい色を得る前の段階にあたる。
来歴
画家の死後は弟テオが受け継ぎ、その妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル、さらに息子のフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホへと家族のあいだを伝わった。1962年にファン・ゴッホ財団へ移り、同年から1973年まではアムステルダム市立美術館に置かれる。1973年のファン・ゴッホ美術館の開館とともに同館へ移され、現在に至る。所蔵番号s0083V1962。ファイユのカタログではF212、ヒュルスケルのカタログではJH999にあたる。
意義
頭蓋骨は死を思えというメメント・モリの図像であり、燃えるタバコを添えた構図は、はかなさを品物で示すヴァニタスの伝統にも連なる。ただし当時の書簡に重い含みは見当たらず、学校の骨格標本を使った悪ふざけであり、骨ばかり描かせるアカデミック美術の教え方への当てこすりでもあったと考えられている。ゴッホ自身は生涯を通じてよく煙草を吸っており、禁煙の教訓を込めた絵ではない。学校に通ったのは数週間で、教師と衝突したのち、まもなくパリへ移った。