《春(プリマヴェーラ)》
オレンジの実る暗い林を背に、花の咲き乱れる草地に神々が並ぶ。中央にヴィーナス、頭上に目隠しのキューピッド、左に輪になって踊る三美神と杖を掲げるメルクリウス、右に西風の神と花の女神が描かれる。
概要
《春(プリマヴェーラ)》(伊: Primavera)は、サンドロ・ボッティチェッリが1480年頃に描いた作品である。縦207センチ、横319センチのポプラ材の板に、油を加えたテンペラ(テンペラ・グラッサ)で描かれ、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。オレンジと月桂樹の林を背に、花の咲き乱れる草地を古代神話の9人の人物が進む。所蔵館は、全体の意味にはなお謎が多いものの、愛と平和と繁栄をたたえる絵だとしている。初期ルネサンスのフィレンツェを代表する作品の一つである。
画面の読み解き
右端では、青みを帯びた肌の西風の神ゼフュロスが木々のあいだから身を乗り出し、ニンフのクロリスをつかまえる。口から花をこぼすクロリスは、隣で花模様の衣をまとい、ふところの花を撒く春の女神フローラに姿を変える。中央には、慎み深く衣をまとったヴィーナスが、ほかの人物より少し奥に立つ。背後の木々は枝を開いて女神を囲み、頭上では目隠しをしたキューピッドが矢をつがえる。左では、透ける薄衣をまとった三美神が、手を取り合って輪になって踊る。左端のメルクリウスは兜と翼のある靴を身につけ、杖(カドゥケウス)を掲げて空の雲に触れている。
技法・様式
所蔵館によれば、草地と林には少なくとも42種、うち緑の植物14種と花をつける植物28種が見分けられ、ボッティチェッリはおそらく植物標本も用いて、それらを正確に描いた。人物は奥行きの浅い舞台の上に横一列に並び、明快な輪郭線と、透けるように軽い衣の描写が、ゆるやかな動きのリズムを生む。林が暗く沈んで見えるのは、顔料が年月とともに変色したことにもよる。
来歴
所蔵館によれば、15世紀末にはフィレンツェのラルガ通り(現在のカヴール通り)にある、ロレンツォ・イル・マニフィコのいとこ、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの相続人の邸宅にあり、長椅子の上の壁に掛けられていた。イタリア文化省の目録によれば、この邸宅にあったことは1498年から1516年まで記録に残る。のちにフィレンツェ郊外カステッロのメディチ家の別荘に移され、1550年にはジョルジョ・ヴァザーリが《ヴィーナスの誕生》とともにそこにあると記した。1815年に別荘から移されて収蔵庫に入り、1853年にアカデミア美術館へ、1919年からはウフィツィ美術館で展示されている。所蔵番号は1890年目録の8360番。
意義
主題の典拠と意味については多くの説がある。文化省の目録は、美術史家ライトボーンが、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコの結婚にあたる1482年の制作の可能性を指摘し、本作を人文主義者の説いたヴィーナスの寓意画、すなわち哲学者マルシリオ・フィチーノの手紙が伝えるロレンツォの星まわりを描いたものと考えたことを紹介している。古代の神々を大画面にそろえた作品は当時まだ珍しく、同じ別荘にあった《ヴィーナスの誕生》とともに、ボッティチェッリの神話画の頂点に位置づけられる。