《アイラウの戦場のナポレオン》
黒い煙の流れる雪の野で、淡い色の馬に乗ったナポレオンが、空を仰いで片手を差し伸べる。将軍たちが左右を囲み、傷ついた敵兵がすがりつく。手前には、雪をかぶった兵士の亡骸が折り重なる。
概要
《アイラウの戦場のナポレオン》(仏: Napoléon sur le champ de bataille d'Eylau)は、フランスの画家アントワーヌ=ジャン・グロが1808年に完成させた油彩の歴史画である。縦5.21メートル、横7.84メートルの大作で、ルーヴル美術館が所蔵する。1807年2月、東プロイセンのアイラウでの戦いの翌日、戦場を巡るナポレオンを描く。
画面の読み解き
所蔵館の目録によれば、舞台は冬の景色の中の戦場である。馬上のナポレオンは腕を差し伸べて戦場を見て回り、医師や元帥たちに囲まれる。外科医ペルシに支えられたリトアニアの兵士が皇帝に語りかけ、別の負傷兵はその脚に口づけする。右には、黒い馬を跳ねさせる元帥ミュラがいる。手前には雪の下に兵士の亡骸が積み重なり、その中で一人がもがいている。ナポレオン財団の解説によれば、左にはベルティエ、ベシエール、コランクール、右にはスールト、ダヴー、ミュラが並ぶ。空は火事の黒い煙で暗く、青ざめた顔で天を仰ぎ、手を差し伸べる皇帝は、祝福を与えるキリストのようにも見える。黒い影のように猛々しいミュラと対照的に、皇帝は慈しみの人として、とくに敵のロシア兵に向き合う。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、左下に「Gros 1808」と署名と年記がある。ナポレオン財団によれば、画面の地形や人物、衣装は、美術館長ヴィヴァン・ドノンが競作の告示で細かく定めたもので、グロはそれを忠実に守った。手前に積み重なる亡骸はとくに強い印象を与え、皇帝軍の公報が記した「君主たちに平和への愛と戦争への恐れを抱かせる」光景となっている。
来歴
所蔵館によれば、1807年3月にドノンが開いた競作で、6月13日にグロが一等に選ばれ、皇帝の帝室費を預かる部局から注文を受けた。ナポレオン財団によれば、26人の下絵がルーヴルのアポロンの間に並んだ。完成作は1808年のサロンに出品され(no. 272)、1万6000フランが4回に分けて支払われた。1809年にはゴブラン製作所でタピスリーにする計画が立ち、グロが複製も描いたが、1813年に中止された。1830年にリュクサンブール美術館へ送られ、1870年と1939年以降の避難を経て、1946年2月にルーヴルへ戻った。所蔵番号は INV 5067。現在はドノン翼のモリアンの間に掛かる。
意義
ナポレオン財団によれば、アイラウの戦いは死傷者が5万人近くにのぼる悲惨な戦いで、勝利を印象づけ、世論を導くための宣伝が大がかりに行われた。本作もその一つで、グロはサロンでの成功によりレジオン・ドヌール勲章を受けた。同財団は、宣伝の絵でありながら、本作が初めて勝利の裏側を残酷なまでの現実として描いたとする。