《カルペ山とアビラ山を分かつヘラクレス》
- 作者
- フランシスコ・デ・スルバラン
- 制作年
- 1634年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 136 × 167 cm
- 所蔵
- プラド美術館 (P001241)
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- スペイン・バロック絵画
二つの巨大な岩の間で、腰に毛皮をつけただけの裸のヘラクレスが身をかがめ、両腕を大きく広げて岩に打ち込まれた金具を握りしめる。岩の切れ目の奥には海と曇り空がのぞく。左下には「534」の数字が見える。
概要
《カルペ山とアビラ山を分かつヘラクレス》は、スペインの画家フランシスコ・デ・スルバランが1634年に描いた油彩画で、プラド美術館が所蔵する。館の記録では縦136センチ、横167センチのキャンバス。国王フェリペ4世のブエン・レティーロ宮の大広間「諸王国の間」のための「ヘラクレスの功業」の連作の一点で、ギリシア神話に取材した神話画である。
画面の読み解き
館の解説によれば、ヘラクレスは画面の中央で大きな力をふりしぼる姿で描かれ、両腕は二つの巨大な岩に打ち込まれた二つの金具に掛けられている。題は、ヘラクレスがカルペ山とアビラ山を引き離したという伝承による。二つの岩の切れ目の奥には海がのぞき、暗い曇り空が広がる。
技法・様式
館によれば、この場面を「カルペ山とアビラ山を分かつヘラクレス」とする美術史家トルモの同定には異論がある。研究者ロペス・トリホスは、山を引き離す話を伝える古代の著者はセネカだけだと指摘し、画面のヘラクレスはむしろ二つの岩を引き寄せているとみる。その読みに立てば、連作は、国王を離れた土地や王国を分けるのではなく一つに結ぶ存在として示していることになる。一方で館は、連作の約10年前にバルタサル・デ・ビクトリアが、二つの山の引き離しをはっきり書いていたことも紹介している。
来歴
館によれば、マリアナ神父の『スペイン通史』は、ヘラクレスの柱とされるものは、大西洋と地中海の間の通り道を狭めていた二つの大岩だったと記す。本作は王室コレクションとしてブエン・レティーロ宮にあり、1701年の目録に263番、1794年の目録に534番として載る。画面左下の「534」の数字はこの番号と一致する。所蔵番号はP001241で、第9A室に展示されている。
意義
館は、この挿話が、カール5世がのちに自らの標語「プルス・ウルトラ(さらに先へ)」に変えた「ノン・プルス・ウルトラ(この先なし)」の話と結びつき、ハプスブルク家の標語の由来となったことを指摘する。ヘラクレスをスペイン王家の神話上の先祖として掲げる連作の意図をよく示す一点である。同じ連作には《ヘラクレスとヒュドラ》や《ネメアのライオンと闘うヘラクレス》がある。