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《棍棒による決闘》

Duelo a garrotazos
《棍棒による決闘》フランシスコ・デ・ゴヤ
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
フランシスコ・デ・ゴヤ
制作年
1820–1823年
素材
キャンバス(壁画から移設) / 油絵具
寸法
125 × 261 cm
所蔵
プラド美術館 (P000758)
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夕暮れの空と荒れた野を背に、二人の男が向き合い、棍棒を振り上げて打ち合う。左の男は顔と胸を血で汚し、右の男は左腕を上げて顔をかばう。二人の脚は膝のあたりまで地面に沈んで見える。

概要

《棍棒による決闘》は、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが1820年から1823年頃に描いた作品で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。マドリード郊外の自宅「聾者の家」の壁に描いた14点の連作《黒い絵》の一点で、縦125センチ、横261センチ。漆喰の壁に描かれた油彩が、のちにキャンバスへ移された。アラゴン・ゴヤ財団の作品目録によれば、ゴヤの死後の1828年にアントニオ・ブルガダが作った目録では《二人のよそ者》と呼ばれ、のちに《棍棒で打ち合う二人の男》《棍棒の喧嘩》を経て、現在の題が定着した。

画面の読み解き

同じ目録によれば、夕暮れの光の下、ほとんど記念碑のように大きな二人の男が、地面に埋もれながら棍棒で打ち合っている。左の男は体つきがより頑丈で、顔と胸を血で汚している。右の男は左腕を上げ、相手の打撃から顔を守ろうとする。二人はゴヤの時代の服を着ており、衣服の色と傷から流れる血の対比が目を引く。背景は風景で、右へ向かって地形が高くなる。他の《黒い絵》に見られる幻想的な要素がないことも、本作の特徴である。

技法・様式

目録によれば、近年のX線調査と19世紀に撮られた写真の比較から、壁から剥がされたあとに画面が大きく変わったことがわかった。若い二人は、もとは膝まで地面に埋もれていたのではなく、19世紀にシャルル・イリアルトが書き残したとおり、草に覆われた野に立っていた。プラドの修復家サルバドール・マルティネス・クベルスが、壁画をキャンバスへ移す作業とあわせて本作も修復している。

来歴

目録によれば、ゴヤは1819年2月27日にマドリード郊外の家「聾者の家(キンタ・デル・ソルド)」を買い、1820年頃から1階と2階の大きな二部屋の壁に絵を描き始めた。本作は2階の左の壁、《アトロポス(運命の女神たち)》の隣にあった。家はのちにエミール・デルランジェ男爵が1873年に買い取り、荒れ果てた家から壁画をキャンバスに移させた。連作は1878年のパリ万国博覧会でトロカデロ宮に展示され、男爵の寄贈により1881年にスペインへ戻り、プラド美術館に入った。

意義

目録によれば、この場面は当初、農村の荒々しい風習を描いた風俗画と解された。もっとも広く受け入れられているのは、ギリシア神話への暗示を含みつつ、当時のスペインが経験していた政治的な対立を背景に、同胞どうしの争いを表すとする読みである。同じ《黒い絵》の《我が子を食らうサトゥルヌス》や《砂に埋もれる犬》とともに、ゴヤ晩年の暗い世界を伝える。