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《聖母の死》

El Tránsito de la Virgen
《聖母の死》アンドレア・マンテーニャ
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
アンドレア・マンテーニャ
制作年
1462年
素材
板 / 混合技法
寸法
54.5 × 42 cm
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列柱の並ぶ部屋で、横たわる聖母を使徒たちが囲む。ペテロがミサ典書を読み、蝋燭を手にした使徒たちが立ち並ぶ。手前では一人が香を焚き、左端のヨハネは棕櫚の枝を持つ。奥の窓の向こうには湖と長い橋が広がる。

概要

《聖母の死》は、イタリアの画家アンドレア・マンテーニャが1462年頃に描いた板絵で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の記録では縦54.5センチ、横42センチで、技法は混合技法。所蔵番号はP000248で、館の第56B室に展示されている。館は、マンテーニャの最もすぐれた作品の一つとしている。

画面の読み解き

館の解説によれば、聖母がこの世で過ごす最後の時を描いたもので、構図はヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂のモザイクに倣っている。中央では聖ペテロがミサ典書を読み上げて儀式を執り行う。一人の使徒は片手に聖水を持ち、もう一方の手で聖母を祝福する。背を向けた四人目の使徒は聖母の体に香を焚きしめる。棕櫚の枝を持つ左端の聖ヨハネを除いて、使徒たちはみな蝋燭を手にしている。奥の窓の外に見えるのは、マントヴァを囲む湖と、そこに架かる橋、その先にのぞくボルゴ・ディ・サン・ジョルジョの町並みで、イタリア絵画で最も早い実景の一つである。

技法・様式

館によれば、丸天井の部屋という舞台は、義父ヤコポ・ベッリーニの素描に取ったものである。構図の完成度の高さ、遠近法の巧みさ、風景の見事な扱いによって、本作は傑作とされる。それは画面の上の3分の1が失われているにもかかわらずである。失われた上部の一片《聖母の魂を迎えるキリスト》は、フェラーラの国立絵画館に残っている。

来歴

館によれば、パドヴァで修業したマンテーニャは、1459年にパドヴァを離れてマントヴァに移り、亡くなるまでそこにとどまった。本作は、マントヴァ侯ルドヴィーコ・ゴンザーガのために描いた最初期の作品の一つである。イングランド王チャールズ1世がゴンザーガ家からこれを手に入れ、王の処刑後の共和国による王室コレクションの売り立てで、スペイン王フェリペ4世のために買われた。1794年と1814年から1818年にかけてマドリードの王宮に記録され、1829年にプラド美術館に入った。

意義

館によれば、本作はクアトロチェントの大画家マンテーニャがマントヴァで描いた最初期の傑作であり、窓の外の湖と橋は、画家が仕えた宮廷の町の姿を今に伝えている。同じ画家の作品には、ブレラ美術館の《死せるキリスト》や、ベルリン絵画館の《神殿奉献》がある。