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《独立宣言》

Declaration of Independence
《独立宣言》ジョン・トランブル
Wikimedia Commons / アメリカ合衆国議会議事堂 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ジョン・トランブル
制作年
1817–1818年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
366 × 549 cm
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旗や太鼓の戦利品が飾られた議場の中央に起草委員の5人が進み出て、背の高いジェファーソンが宣言の草案を議長ハンコックの机に置く。両側では大陸会議の代表たちが、座り、あるいは立って見守る。

概要

《独立宣言》(英: Declaration of Independence)は、ジョン・トランブルが1817年から1818年にかけて描いた油彩画である。縦12フィート(約366センチ)、横18フィート(約549センチ)のキャンバスで、ワシントンD.C.のアメリカ合衆国議会議事堂の中央の円形広間ロタンダに掛かる。1776年6月28日、フィラデルフィアのペンシルヴェニア邦議会議事堂(現在の独立記念館)で、独立宣言の最初の草案が第2回大陸会議に提出された場面を描く。1817年に連邦議会がトランブルに注文した独立戦争期の4場面のうち、最初に仕上がった作品である。新古典主義の時代にアメリカの建国を描いた歴史画として知られる。

画面の読み解き

所蔵先の議事堂建築家庁によれば、中央の一団では、宣言の主な起草者トマス・ジェファーソンが、大陸会議の議長ジョン・ハンコックの前に草案を置いている。その周りに立つのは、草案を作った委員会のほかの4人、ジョン・アダムズ、ロジャー・シャーマン、ロバート・リヴィングストン、ベンジャミン・フランクリンである。両側には代表たちが座り、あるいは立って並び、描かれた人物は、宣言に署名した56人のうち42人と、ほかの5人の計47人にのぼる。奥の壁にはイギリス軍から奪った旗や太鼓などの戦利品が飾られ、窓は赤く重い垂れ幕で覆われている。

技法・様式

議事堂建築家庁によれば、トランブルは1786年に元になる小さな絵を構想したとき、場面を完全に正確に再現することはせず、建国の指導者たちの姿を残すことを目標にした。信頼できる肖像が見つからない人物は省き、その場にいなかった代表も加え、人物はすべて本人か生前の肖像から写した。部屋のつくりは、ジェファーソンがパリで記憶をもとに描いた不正確なスケッチに頼ったため、扉や窓の数と位置が史実と異なる。家具はより上品に描き、窓には板すだれの代わりに重い垂れ幕をかけ、奥の壁には、そこにあったと画家が考えたイギリス軍の旗を加えた。ロタンダの4点のうち最後に描かれた《ワシントンの総司令官退任》と本作は、どちらも文民の議会の議場で書類を差し出す場面を中心に据え、似た椅子を描いて互いの結びつきを示している。

来歴

議事堂建築家庁によれば、本作は、トランブルが独立戦争の出来事を記録する連作の一つとして描いた縦約53センチ、横約79センチの小さな絵(イェール大学美術館蔵)を拡大したものである。その小さな絵の展示が、61歳の画家が議事堂のための大画面を注文されるきっかけになった。拡大版は1817年8月から1818年9月にかけて描かれ、1818年10月5日にニューヨークのアメリカ美術アカデミーで公開されたのち、4か月のあいだにニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ボルティモアで展示された。1819年の初めには議事堂に入り、1826年にほかの3点とともにロタンダに据えられた。トランブルは1828年に自ら最初の洗浄と修復を行い、最も新しい洗浄は2008年である。

意義

議事堂建築家庁によれば、1820年のアッシャー・B・デュランドの版画によって、本作はトランブルの最も名高い絵となった。2ドル紙幣の裏面に描かれ、1869年の24セント切手や、1976年の建国200年の記念切手にも使われている。本作は宣言への署名の場面と説明されることがあるが、描かれているのは草案の提出で、宣言が正式に採択されたのは1週間足らず後の7月4日、代表の多くが署名したのは8月2日だった。小さな版を所蔵するイェール大学美術館の学芸員マーク・ミッチェルは、この絵が暴力ではなく自己決定を合衆国を生んだ行為として描き、アメリカ人の視覚的な想像力に深く根づいているとしている。