
ジュゼッペ・アルチンボルドの自画像(素描、1570年代)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1526–1593年
- 国籍
- ミラノ公国
- 様式
- マニエリスム
ジュゼッペ・アルチンボルド
1526年にミラノで生まれ、1593年に没した画家。ウィーンとプラハの宮廷で皇帝に仕え、果実や花、動物を組み合わせて人の頭部を描く《四季》や《ウェルトゥムヌス》で知られる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アートの2010年の展覧会の解説(ウィーン美術史美術館のシルヴィア・フェリーノ=パグデン執筆)によれば、1526年(1527年とも)にミラノで画家ビアージョの子として生まれた。父と同じくミラノ大聖堂の工房で働き、1549年から1558年にステンドグラスの下絵やフレスコ、旗、紋章などを手がけた。1562年にウィーンへ移り、1564年に皇帝となるマクシミリアン2世の宮廷画家となる。1576年の皇帝の死後は息子のルドルフ2世に仕え、1583年に宮廷とともにプラハへ移った。1587年に帰郷を許されてミラノに戻ったのちも皇帝のために描き続け、1592年にルドルフ2世から宮中伯に叙せられ、翌1593年に没した。
様式の変遷
同展の解説によれば、レオナルド・ダ・ヴィンチが長く過ごしたミラノで、自然の直接の観察にもとづく表現を身につけ、動植物の写生を重ねた。ウィーンでは、果実や花、動物を組み合わせて横顔の頭部をつくる《四季》と《四大元素》の連作をマクシミリアン2世のために描いた。皇帝はそれを美術品と珍品を集めた部屋「クンストカンマー」に飾り、複製を各地の君主に贈った。同時代の人々からは「スケルツォ」(冗談)とたたえられ、司書や法律家を職業にちなむ物で描く肖像や、逆さにすると顔になる静物画も手がけた。宮廷の祝祭の衣装や山車の意匠を描き、皇帝のために美術品や珍品を買い付ける役目も担った。
代表作
晩年の代表作が、ルドルフ2世を季節の神に見立てた《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像》(1591年、スコークロステル城)である。ウィーン美術史美術館の《夏》と《冬》(いずれも1563年)、ザクセン選帝侯アウグストへの贈り物として画家自身が描いた《四季》の複製(ルーヴル美術館)も知られる。
影響
同展の解説によれば、没後まもなく忘れられたが、1930年代にニューヨーク近代美術館のアルフレッド・H・バーが展覧会「幻想芸術、ダダ、シュルレアリスム」で取り上げて再発見され、以来シュルレアリストとその後継者たちの霊感の源とみなされている。美術史家は、ヨーロッパの宮廷で好まれたマニエリスムの典型的な画家ともみる。