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アルヒープ・クインジの肖像

イワン・クラムスコイ《画家アルヒープ・クインジの肖像》(1872年、トレチャコフ美術館)

Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain
生没年
1842–1910年
国籍
ロシア
様式
移動派
本DB収録 1 点

アルヒープ・クインジ

Arkhip Kuindzhi

1842年頃にマリウポリで生まれ、1910年にサンクトペテルブルクで没したロシアの風景画家。月や日の光の効果を追い求め、1880年の《ドニエプルの月夜》で大きな評判を得た。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ロシア美術館によれば、1842年頃、エカテリノスラフ県のマリウポリで、ギリシア系の靴職人の家に生まれた。フェオドシヤでイワン・アイヴァゾフスキーの工房に学び、1868年から1872年まで美術アカデミーで学んだ。写真館で修整係として働いたこともある。1875年に移動派(移動展覧会協会)の会員となり、同年、西ヨーロッパの国々を旅した。1880年に《ドニエプルの月夜》一点だけの展覧会で大成功を収めたが、その後まもなく展覧会への出品をやめる。1892年に教授、1893年に帝室美術アカデミーの正会員となり、1894年から1897年まで同アカデミー附属高等美術学校で風景画の工房を率いたが、学生の集会に加わったことで教職を退いた。1909年に芸術家協会(のちのクインジ協会)の創設を呼びかけ、財産と土地と作品のすべてを遺贈した。1910年、サンクトペテルブルクで没した。

様式の変遷

同館によれば、叙情的でロマン主義的な風景画家で、太陽や月の光を伝える新しい表現を追い続けた。《雨のあと》や《虹》では、光と色の大きな面を対比させて風景を組み立て、晩年の《雲》《クリミア》《夜の放牧》では、はっきりした線が大画面に記念碑的な性格を与えた。イリヤ・レーピンは、クインジにとって「光こそが魅力であり、光の力とその幻影こそが目的だった」と記している。

代表作

《ドニエプルの月夜》(1880年、ロシア美術館)が最も名高い。ロシア美術館は油彩202点、素描・版画264点を所蔵し、《樫の木》(1900〜1905年)、《夜の放牧》(1905〜1908年)、《雲》《クリミア》(ともに1900〜1905年)といった大作を含む。

影響

同館によれば、教え子にはニコライ・レーリヒ、アルカージー・ルイロフ、コンスタンチン・ボガエフスキー、ニコライ・クルイモフらがいる。1895年にはクリミアの自分の土地に学生のための「アカデミーの別荘」を設け、つねに学生とともに戸外で制作した。1898年には若い画家たちの外国旅行を組織し、10万ルーブルを寄付している。

代表作MAJOR WORKS

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