
《自画像》1874年、ウフィツィ美術館
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain- 生没年
- 1817–1900年
- 国籍
- ロシア
- 様式
- ロマン主義
イヴァン・アイヴァゾフスキー
1817年にクリミア半島の港町フェオドシヤに生まれ、1900年に同地で没した画家。荒れ狂う海と光の劇を描き続け、生涯に6,000点を超える作品を残した、ロシアを代表する海洋画家。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1817年7月29日(旧暦17日)、クリミア半島の港町フェオドシヤの、裕福でないアルメニア系の家庭に生まれた。シンフェロポリのギムナジウムを経て、1833年にサンクトペテルブルクの帝国美術アカデミーに入り、風景画をマクシム・ヴォロビヨフに学んで、1839年に大金メダルを得て卒業した。1840年から1844年までアカデミーの給費生としてイタリアで制作し、1843年にはフランスの展覧会で金メダルを受ける。1844年にロシア海軍総司令部の画家となり、1847年には海景画の教授となった。1846年からは故郷のフェオドシヤに住んで制作を続け、1880年には自邸に画廊を開いた。1900年5月2日(旧暦4月19日)の夜、フェオドシヤで没した。
様式の変遷
強い光と色の対比で海と空の劇を描くロマン主義の画風で名声を得た。ロシア美術館によれば、画家は戸外で写生するのではなく、記憶をもとにアトリエで描き、「生きた自然の動き、稲妻や突風は筆ではとらえられない」と語っていた。1850年の《第九の怒濤》は、この初期のロマン主義の時代の頂点とされ、同館はそこにロマン主義的な感情と鋭い写実の目の結びつきを見ている。
代表作
《第九の怒濤》(1850年、ロシア美術館)のほか、《虹》(1873年)、《黒海》(1881年)などがあり、後の2点はモスクワのトレチャコフ美術館にある。
影響
生涯に6,000点を超える作品を描き、若くして国内外で高い評価を得た。1880年に故郷に開いた画廊は、今日フェオドシヤのアイヴァゾフスキー記念美術館として、その作品を伝えている。