《井戸から出る真理》
石造りの井戸の縁に手をかけ、裸の若い女性が叫び声をあげながら外へ這い出そうとしている。右手には房のついた鞭を握る。〈真理〉を擬人化した姿で、大きく見開いた目がこちらをにらむ。
概要
《井戸から出る真理》(仏: La Vérité sortant du puits)は、ジャン=レオン・ジェロームが1896年に描いた油彩画である。縦91センチ、横72センチ。フランス・ムーランのアンヌ・ド・ボージュー美術館が所蔵する。正式な題は「人類を懲らしめるため房鞭を手に井戸から出る真理」で、裸の女性の姿で表された〈真理〉が、井戸の底から怒りとともに現れる場面を描く。「真理は井戸の底にある」という、古代ギリシアの哲学者デモクリトスに帰される言葉を下敷きにした寓意画で、1896年のサロンに出品された。
画面の読み解き
中庭の奥に、苔むした石の井戸がある。裸の若い女性が両手で縁をつかみ、片脚を外へ投げ出して、手前の石段に足をかけようとしている。黒い長い髪は乱れ、眉を寄せて目を見開き、口を大きく開けて叫んでいる。右手には、柄の先に何本もの革ひもを束ねた鞭が握られ、地面まで垂れている。井戸の上には鉄の枠が弧を描いてかかり、滑車と綱が下がる。右の縁には鎖につながれた木の桶が置かれている。背後の石壁は蔦と大きな葉の草に覆われ、右上の壁にだけ日が当たる。左下に「J. L. GEROME」の署名がある。
技法・様式
滑らかな肌、石の目地や苔、葉の一枚一枚まで、筆の跡を残さない精緻な描写で仕上げられている。こうした写実が、寓意の人物をいっそう生々しく見せる。所蔵館が2012年に開いた展覧会の資料は、ジェロームの〈真理〉は確かに裸だが、戦う〈真理〉を体現しており、その顔は、自分の声を聞かせ、自分を軽んじる者たちを打ち据えようとする激しい意志でゆがんでいると解説する。裸体の〈真理〉は古くからの図像だが、恥じらいや穏やかさではなく、怒りの表情を与えた点に本作の特異さがある。
来歴
ジェロームは前年の1895年にも、嘘つきと役者たちに殺されて井戸に投げ込まれた〈真理〉を描いており、本作はそれに続く作品である。2点はかつて、1894年に始まるドレフュス事件への発言と見なされてきた。しかし美術史家ベルナール・ティリエはこれを退け、真理と井戸の図像を、ジェロームが続けていた印象派への攻撃の一部と読む。所蔵館の資料も、ドレフュス事件との結びつけは今日では完全に退けられているとし、本作に「真に迫って描く」という画家の信条の表明を見ている。1978年にムーランの美術館が購入した。所蔵番号78.1.1。
意義
ジェロームは、画家カイユボットが遺した印象派の作品群を国が受け入れることに激しく反対していた。写実を信条としたアカデミスムの大家が、晩年に、裸の〈真理〉に鞭を持たせて井戸から這い出させた本作は、アカデミック美術の側からの近代美術への抗議として読まれている。叫ぶ〈真理〉の姿は題を知らずとも強い印象を残し、今日ではジェロームの作品の中でもよく知られた一点である。