《若き母》
- 作者
- ヘラルト・ドウ
- 制作年
- 1658年
- 素材
- 板 / 油絵具
- 寸法
- 73.7 × 55.5 cm
- 所蔵
- マウリッツハイス美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
上端をアーチ形にした画面に、高い窓から光の差す広い部屋。若い母が椅子で針仕事をし、少女が編み籠の揺りかごに眠る赤子に掛け布を直す。真鍮のシャンデリアが下がり、右奥には吊るされた野兎や野菜が並ぶ。
概要
《若き母》は、オランダの画家ヘラルト・ドウが1658年に描いた油彩の風俗画で、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する。館の記録では縦73.7センチ、横55.5センチの板絵で、所蔵番号は32。左上の窓に「GDOV. / 1658.」の署名と年記があり、GとDは組み合わせ文字で、8は別の数字の上に描き直されている。2026年10月時点では展示されていない。
画面の読み解き
館の解説によれば、窓辺に座った若い母が針仕事をし、そのかたわらでは少女が揺りかごの脇にひざまずいている。窓から差す昼の光が広い部屋を照らし、編み籠の揺りかご、磨き上げられた台所道具、若い女の顔が、細部まで描き込まれている。奥の薄暗い台所にも人の姿が見える。部屋の中央の柱には小さな天使たちの浮き彫りがあるが、その意味ははっきりしない。掛けられた上着とサーベルは、その場にいない父の存在をほのめかす。館の目録は、この家庭の情景に徳の教えが込められている可能性を示しつつも、確かではないとしている。
技法・様式
館によれば、ドウはレイデンの「フェインスヒルデル(精密画家)」の祖で、その筆はきわめて精緻で、一つ一つの筆の跡がほとんど見えない。1628年からレイデンのレンブラントの工房で学び、最も才能ある弟子の一人となったが、師をまねるのではなく、目に見えない筆づかいで物の表面の質感を描き分けることに力を注いだ。伝記作者ホウブラーケンは、ドウが描き始める前にほこりが静まるのを待ったという逸話を伝えている。
来歴
館によれば、本作は1660年にホラント・西フリースラント州議会がドウから買い上げ、「オランダの贈り物」の一点としてイギリス王チャールズ2世に贈られた。王はこの絵に感銘を受けてドウを宮廷に招いたが、ドウは断った。その後ジェームズ2世、ウィレム3世の手に渡り、1689年以後はヘット・ローの宮殿に運ばれた。ナッサウ=ディーツ家を経て総督ウィレム5世の所蔵となったが、1795年にフランス軍に接収され、1815年までパリのルーヴル(ナポレオン美術館)にあった。1816年にデン・ハーグの王立絵画館に戻り、1822年にマウリッツハイスへ移された。
意義
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ドウは19世紀の初めまで、オランダの画家の中で最も名高い一人だった。マウリッツハイス美術館は、ドウの精緻な画風が、フランス・ファン・ミーリス(父)、ハブリエル・メツー、ホットフリート・スハルケンらを含むレイデン派を生んだとしている。国の贈り物に選ばれ、王が画家を招こうとした本作は、当時のドウの評価の高さを伝えている。