《聖エウスタキウスの幻視》
- 作者
- ピサネロ
- 制作年
- 1438–1442年
- 素材
- 板 / 卵テンペラ
- 寸法
- 54.8 × 65.5 cm
- 所蔵
- ロンドン・ナショナル・ギャラリー (NG1436)
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- ゴシック
暗い森の中で、青い大きな帽子をかぶった騎士が馬を止め、角のあいだに磔刑像を掲げた大鹿を見つめる。周りには猟犬や鹿、熊、兎、鳥たちがひしめき、手前には何も書かれていない巻物が描かれている。
概要
《聖エウスタキウスの幻視》は、イタリアの画家ピサネロが1438年から1442年ごろに描いた卵テンペラの板絵である。縦54.8センチ、横65.5センチで、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。所蔵館によれば、絵が描くのは奇跡の場面である。着飾った狩人が、角のあいだに磔刑像を掲げた大きな鹿を前に、身動きできずにいる。狩人は、中世に広く読まれた聖人伝集『黄金伝説』に語られる聖エウスタキウスで、もとはプラキドゥスという名のローマの兵士だったが、狩りの最中に光り輝く十字架を掲げた鹿を見て、ただちに改宗し、エウスタキウスと名を改めた。
画面の読み解き
所蔵館によれば、ここでの聖人はローマの兵士の姿ではなく、途方もない青い帽子をかぶり、犬を連れて狩りをするイタリアの君侯として描かれている。画面には犬が多く、その一部は15世紀に好まれた挿絵入りの狩猟書から写したとみられ、鳥や兎、熊も本物らしく描かれる。細かく見ると、聖人の長い拍車には棘のついた歯車があり、蹄鉄は濡れた地面をつかむように先が反っている。手前の白い巻物には、もともと文字が書かれたことがなく、その意味はわかっていない。館の目録によれば、キリストがエウスタキウスに告げた言葉を記すはずだったとする説や、絵と文字のどちらが自然をよく描けるかという人文主義者の議論にちなみ、あえて空白にしたとする説がある。
技法・様式
所蔵館によれば、ピサネロは動物の描写で名高く、残された多くの素描には、本作の動物のための習作が含まれる。手本帳や先行する作品、生きた動物や死んだ動物から写したものである。細部の入念さは、ヤン・ファン・エイクら北方の画家に比べられる。ただし絵は、意図的な損傷や顔料の変化、修復によって大きく傷んでいる。もとは縦に長く、ヴェネツィアのチーニ・コレクションにある後の写しには、上部に丘と空が見える。多くの色が暗く変わって細部が見えにくくなり、聖人の衣や動物の多くは描き直され、もとは白みがかった灰色だった馬も暗く見える。馬の周りの花や葉は保存がよく、もとの質の高さを伝えている。
来歴
館の目録によれば、板の裏には「アルブレヒト・デューラー。A・フィンケ(ベルリン)」と書かれた札があり、かつてはデューラーやフーケの作とされた。1878年までにロンドンのアッシュバーナム伯爵の収集に入り、1895年に所蔵館が伯爵から購入した。所蔵番号はNG1436。現在は第55室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、注文主はわかっていないが、小さな画面からみて、貴族が私的に楽しむために描かれたと考えられる。聖エウスタキウスはイタリアの美術ではまれな主題だったが、狩りを真剣な務めとした中世の騎士階級の理想を体現していた。狩りは神を求める魂のたとえであり、男たちを誘惑から遠ざける立派な営みであり、何より貴族の本務である戦の訓練でもあった。館の目録は、ルドヴィーコ・ゴンザーガやエステ家の一員を聖人の姿に見る説を紹介している。