《ソドムとゴモラの滅亡》
渦を巻く炎の嵐が町を飲み込み、崩れた建物が宙に舞う。右の岩場では白い衣の人影が稲妻の下を急ぎ逃れ、その下の暗い野には、白い小さな人影がひとつ取り残されたように立っている。
概要
《ソドムとゴモラの滅亡》(英: The Destruction of Sodom and Gomorrah)は、イギリスの画家ジョン・マーティンが1852年に描いた油彩画である。縦136.3センチ、横212.3センチのキャンバスに、旧約聖書「創世記」19章の、神に滅ぼされる二つの町を描いた宗教画で、ニューカッスル・アポン・タインのレイング・アート・ギャラリーが所蔵する。
画面の読み解き
館の解説によれば、本作は、住民の不道徳への罰としてソドムとゴモラの二つの町が滅ぼされる聖書の物語を描く。救われたのはロトと娘たちだけで、画面では彼らが急いで逃れていく。ロトの妻は、振り返るなという神の言いつけに背き、塩の柱に変えられた。館の運営団体ノース・イースト・ミュージアムズの見学案内(セント・アンドルーズ大学のステファニー・オローク執筆)によれば、鮮やかな黄色と赤の筋が、神の報いの場となった聖書の風景を飲み込んでいる。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。館によれば、燃えるような赤は、聖書や文学の物語を描いたマーティンの劇的な破滅の場面に特有のもので、空に渦巻く嵐も彼の絵にしばしば現れる。テート美術館の画家伝によれば、マーティンは、無数の小さな人物が住む広大な風景や都市の景観で知られ、宗教的な主題と幻想的な構図の画家として最も名高い。その絵は大きな成功を収め、絵をもとにした版画も評判を呼んだ。
来歴
館によれば、イングランド北東部で若い日を過ごしたマーティンの作品について、館は世界最大の収集を持つ。見学案内によれば、マーティンはいくつもの炭鉱に近いヘイドン・ブリッジに生まれ、ニューカッスルで徒弟修業をした。本作は現在、館の展示室「ノーザン・スピリット」で、光と音の演出とともに公開されている。2011年には館で、テート・ブリテンと共同で企画したマーティンの40年ぶりの大回顧展が開かれた。
意義
見学案内によれば、マーティンは古代史や聖書の終末の物語を大画面に描いて名を上げる一方、テムズ川の堤防やロンドンの主要駅を結ぶ計画、炭鉱用の安全灯の考案など、アマチュアの技師としても活動した。オロークは、本作が不道徳の代償をめぐるたとえ話であると同時に、19世紀半ばに全国の注目を集めたニューカッスル周辺の悲惨な炭鉱爆発にも似ていると指摘し、石炭で動く近代の技術がもたらす破滅への警告として読めるとする。回顧展を報じた『ガーディアン』によれば、共同キュレーターのジュリー・ミルンは、マーティンをJ・M・W・ターナーと並ぶ崇高の強力な担い手と位置づけた。