
ヘンリー・ウォレン《ジョン・マーティンの肖像》1839年、板に油彩、ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリー
Wikimedia Commons / ナショナル・ポートレート・ギャラリー / Public domain- 生没年
- 1789–1854年
- 国籍
- イギリス
- 様式
- ロマン主義
ジョン・マーティン
1789年にイングランド北東部ノーサンバーランドで生まれ、1854年にマン島で没したイギリスの画家。無数の小さな人物が住む広大な風景に、聖書や古代史の破滅の場面を描いて人気を集めた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
テート美術館の画家伝によれば、ノーサンバーランドのヘクサム近くに生まれた。『ガーディアン』によれば、生家はヘイドン・ブリッジの一部屋だけの小屋で、両親は労働者だった。テートによれば、はじめニューカッスルで紋章を描く馬車塗装の職人に、次いで陶磁器の絵付け師に弟子入りし、1806年にその師とロンドンへ出た。1811年からロイヤル・アカデミーに出品し、ブリティッシュ・インスティテューションでは1817年と1821年に賞を得た。ロンドンの都市改良の計画も手がけた。1853年に体がまひし、マン島のダグラスで没した。
様式の変遷
テートによれば、宗教的な主題と幻想的な構図の画家として最もよく知られる。典型的な作品は、無数の小さな人物が住む広大な風景や都市の景観で、絵も、それをもとにした版画も大きな成功を収めた。マーティン自身が版画にした作も多い。
代表作
テート美術館の《ベルシャザルの饗宴》《最後の審判》《天国の野》《大いなる神の怒りの日》、レイング・アート・ギャラリーの《ソドムとゴモラの滅亡》(1852年)が知られる。
影響
テートによれば、《大洪水》などの版画はフランスのアカデミーから国王ルイ=フィリップに献じられ、国王はマーティンのために特別のメダルを作らせた。ベルギー政府が《ニネヴェの陥落》を買い上げると、ベルギーのアカデミーは彼を会員とし、国王はレオポルド勲章を授けた。『ガーディアン』によれば、ラスキンやコンスタブルら批評家や画家からは軽んじられ、没後ほぼ1世紀のあいだ忘れられたが、民衆には愛された。