《着衣のマハ》
緑のビロードの寝椅子に、白い服と黄色の上着を着た女性が横たわり、頭の後ろで腕を組んでこちらを見つめる。腰にはピンクの帯を結び、足もとには金色の靴がのぞく。背後には大きな白い枕が重ねられている。
概要
《着衣のマハ》(西: La maja vestida)は、フランシスコ・デ・ゴヤが1800年から1807年にかけて描いた油彩画である。縦94.7センチ、横188センチ。マドリードのプラド美術館が所蔵する。緑のビロードの寝椅子に、薄く透ける服と黄色の上着をまとった女性が横たわる姿を描く。同じ女性を同じ姿勢で裸で描いた《裸のマハ》と対をなし、二点はともに宰相マヌエル・ゴドイの収集にあった。のちにロマン主義の先駆けとされるゴヤの、宮廷画家時代の作品である。
画面の読み解き
緑のビロードの寝椅子に、レースの縁取りのある大きな白い枕と布を重ねて、女性が身を横たえる。両腕を頭の後ろで組み、顔をこちらに向けて、見る者をまっすぐ見返している。頬には紅がさされ、黒い髪はゆるく乱れる。体を包む白い服は薄く、腰にはピンクの帯が結ばれる。上には、黒い飾りをびっしりと縫いつけた黄色の短い上着をはおり、そろえた足には金色の靴を履いている。背景は暗い茶色で、光は白い服と枕に集まる。
技法・様式
所蔵館は、本作が、より繊細な透明感と明暗の移り変わりをもつ《裸のマハ》に比べて、大まかな筆で描かれていると指摘する。白い服の光沢や上着の飾りは、細部を描き込むのではなく、すばやい筆の運びで表されている。二点は画面の大きさも女性の姿勢もほぼ同じで、並べてみると、服を着せたことで同じ女性がまったく違う印象を与えることがわかる。題名のマハは、黄色の上着や帯といった服装から、マドリードの下町の粋な女性とみなされて、後に付けられた呼び名である。
来歴
所蔵館によれば、本作は1808年、《裸のマハ》とともに、宰相マヌエル・ゴドイの財産目録に初めて現れる。ゴドイが失脚すると、国王フェルナンド7世に没収されたゴドイの財産の1813年の目録に「ヒターナ(ロマの女)」として記録され、翌1814年には異端審問所に差し押さえられた。1836年からはマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーにあり、1901年にプラド美術館に移された。所蔵番号P000741。現在は同館の第38室に展示されている。
意義
モデルが誰かは今もわかっていない。所蔵館は、ゴヤが肖像画を描いたアルバ公爵夫人とする説と、ゴドイの愛人ペピータ・トゥドとする説があることを紹介しつつ、公式の目録はいずれも女性を名指ししていないとする。プラド美術館の百科事典によれば、異端審問所は1815年、この女性が誰なのかを尋ねるためにゴヤを呼び出した。服を着た姿と裸の姿を対にしたこの二点は、ゴヤの作品の中でもっとも広く知られる絵となっている。