18世紀後半から19世紀初めのマドリードで、派手で粋な装いと気の強さで知られた下町の庶民の女性。男性はマホと呼ばれる。貴族の間でも、その服装や振る舞いをまねる流行が起こった。フランシスコ・デ・ゴヤは王立タペストリー工場の下絵などでマホとマハの姿を描いている。ゴヤの《裸のマハ》と《着衣のマハ》の題名は、対の作品の女性の服装からマハとみなされて付けられた呼び名である。