《日の老いたる者》
赤い太陽の円のなかで、白髪の老人が身を二つに折るようにかがんでいる。片腕を下へ伸ばし、金のコンパスの二本の脚を、画面の下半分を占める闇のなかへ差し入れている。
概要
《日の老いたる者》(英: The Ancient of Days)は、ウィリアム・ブレイクが1794年に制作した図像である。縦23.3センチ、横16.8センチ。詩画集『ヨーロッパ ひとつの預言』の口絵として、画家自身が考案したレリーフ・エッチングで刷られ、一枚ごとに手で彩色された。ロンドンの大英博物館が所蔵するのは、そのうちの一枚(コピーD、所蔵番号1859,0625.72)である。
画面の読み解き
画面の上半分を、赤と橙の太陽の円が占める。その縁から雲が黒い空へ広がる。円のなかで白髪白髭の老人が身を折り、片膝を立てて前へ乗り出す。髪と髭は強い風に横へ流れる。腕を真下へ伸ばし、金のコンパスを握って二本の脚を開き、画面の下半分を埋める闇へ差し入れている。光は円の下辺から扇状に射し、コンパスの先だけが闇の底へ届く。描かれているのは、ブレイクが自ら築いた神話で理性と法をつかさどる存在ユリゼンであり、古代の神々を題材とする通常の神話画とは由来を異にする。
技法・様式
銅版に耐酸性の材料で直接絵と文字を描き、腐食させて周囲を沈めるレリーフ・エッチングの方法による。版から刷ったのち、水彩とインクで一枚ずつ彩色するため、同じ図でも色と印象は大きく異なる。人体はミケランジェロに学んだ量感を持ちながら、遠近法も陰影による奥行きも用いられず、輪郭線と色面だけで構成される。円と直線という単純な形の対比が、画面全体の構造になっている。
来歴
題名は旧約聖書『ダニエル書』第7章に現れる神の呼び名による。コンパスは『箴言』第8章27節「彼が深淵の面に円を描かれたとき」に由来し、世界を測って区切る行いを表す。『ヨーロッパ ひとつの預言』は現在13部が知られ、大英博物館のほか、アメリカ議会図書館、モーガン・ライブラリー、ハーヴァード大学ホートン図書館、フィッツウィリアム美術館などにある。大英博物館のコピーDは、1796年におそらく画家本人から画家オザイアス・ハンフリーが入手し、その子ウィリアム・アプコットへ伝わったのち、1846年6月15日のロンドンの競売を経て、1859年6月25日に同館が取得した。ブレイクは没する数週間前、寝台に起こしてもらって本図をもう一枚彩色し、「これでよい、もう直せない」と言ったと伝えられる。
意義
ブレイク自身がもっとも気に入った図の一つとされる。測ることによって世界を限定する者を、賛美でも断罪でもない姿で描いた画面は、理性への態度そのものを問いとして残している。円と闇、金の直線という最小限の要素だけで成り立つ構成は、今日も繰り返し引用されている。