《プシュケの誘拐》
岩山の上の淡い空へ、白い翼の若いアモルが、目を閉じたプシュケを抱きかかえて舞い上がる。プシュケは胸の前で腕を交差させ、背には蝶の羽がのぞく。二人の体には、紫の布が風にあおられて巻きついている。
概要
《プシュケの誘拐》(仏: Le Ravissement de Psyché)は、フランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグローが1895年に描いた油彩の神話画で、現在はアメリカの個人が所蔵する。愛の神アモル(クピド)が、人間の娘プシュケを抱いて天へ運ぶ場面を描く。2010年に刊行されたダミアン・バルトリとフレデリック・ロスによるブグローの油彩画のカタログ・レゾネでは、番号1895/03に収められている。
画面の読み解き
画面の下には荒々しい岩山がそびえ、その上の淡い黄色と紫を帯びた空へ、二人の姿が斜めに舞い上がっていく。白い翼を広げた若いアモルは、両腕でプシュケの体をしっかりと抱え、遠くの空を見上げている。プシュケは目を閉じ、穏やかな表情で頭をアモルの首もとにもたせかけ、両腕を胸の前で交差させている。彼女の背には蝶の羽が小さくのぞき、長い髪が風になびく。二人の腰や脚には、濃い紫の布が帯のように巻きつき、その端は大きくひるがえって画面の左上まで広がっている。左下の岩には署名と年記が読める。
技法・様式
クリスティーズは、本作のための習作とされる素描の解説で、ブグローが、ラ・フォンテーヌの『プシュケとクピドの恋』のためにジャン=ミシェル・モローが描いた挿絵から着想を得たとみている。素描では人物の位置が異なり、完成作でプシュケが胸の前で腕を組み、頭をアモルの首に寄せる形は、その後に定まった。サザビーズの解説によれば、ブグローは1889年に、宙に浮かぶ若い恋人どうしとしてのプシュケとアモルを初めて等身大で描いた。そして5年後、ふたたび若い二人を主題に取り上げ、アモルがプシュケを天上の住まいへと運ぶ本作を等身大で描いた。
来歴
クリスティーズによれば、本作は1895年のパリのサロンに原題で出品され(出品番号258)、現在はアメリカの個人の収集にある。同じ1895年には、パリのブラウン社が本作の写真版の複製を刊行しており、その一枚は画家の故郷ラ・ロシェルの美術館が所蔵している。
意義
サザビーズの解説によれば、プシュケとアモルの物語は、愛と美、嫉妬と忍耐を主題とし、最後には愛がすべてに打ち勝つ結末をもつことから、19世紀末の人々に強く好まれた。プシュケの名はギリシア語で「魂」や「蝶」を意味し、蝶の羽はその印となる。同社は2026年、本作をもとに彫刻家アンリ・ゴデが制作した大理石の群像を競売にかけ、その解説で本作を「人気のある絵」と呼んでいる。アモルがプシュケを天へと持ち上げ、からみ合う二人の体が、雲の満ちたやわらかな空を背に輝く光を浴びる姿は、絵画を離れて彫刻にも移された。ブグローはさらに1899年にも、プシュケを背から描いた《アモルとプシュケ》でこの主題に戻っており、等身大の若い恋人どうしを繰り返し描いたことは、その人気と、画家自身の解釈への満足を物語るとサザビーズは述べている。