《聖プラクセディス》
- 作者
- ヨハネス・フェルメール (伝)
- 制作年
- 1655年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 101.6 × 82.6 cm
- 所蔵
- 国立西洋美術館 (株式会社くふうカンパニー所蔵。国立西洋美術館に寄託(2015年3月から常設展で展示))
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
ヨハネス・フェルメールに帰属する、1655年の年記をもつ宗教画。殉教者の血を海綿から壺へ絞る古代ローマの聖女を、イタリアの画家フィチェレッリの作品にならって描いた。真筆なら現存最初期の一点となるが、帰属には今も議論がある。
概要
《聖プラクセディス》(蘭: Sint Praxedis、英: Saint Praxedis)は、ヨハネス・フェルメールに帰属する油彩画である。左下に「Meer 1655」の署名と年記があり、真筆なら現存するフェルメール作品で最も早い時期の一点となる。イタリアの画家フェリーチェ・フィチェレッリの作品を写したとみられる、オランダ黄金時代の絵画には珍しいイタリア風の宗教画で、2015年から東京の国立西洋美術館が寄託を受けて展示している。
来歴
20世紀半ばより前の来歴はわかっていない。1943年に収集家ヤーコプ・レーダーがニューヨークの小さな競売で入手し、1969年にメトロポリタン美術館で開かれたフィレンツェ・バロック美術の展覧会では、フィチェレッリの作として出品された。このとき英国の美術史家マイケル・キットソンが、署名と作風からフェルメール作の可能性を指摘する。その後、画商スペンサー・サミュエルズを経て、1987年にバーバラ・ピアセツカ・ジョンソン・コレクション財団が購入した。2014年7月、ロンドンのクリスティーズの競売で約624万ポンドで落札され、国立西洋美術館によれば、株式会社くふうカンパニーから同館に寄託されて、2015年3月から常設展に並んでいる。
画面の読み解き
赤い衣に白い肩掛けをまとった若い女性がひざまずき、両手で絞った海綿から、殉教者の血を装飾のある壺に注いでいる。その手には小さな十字架も握られている。背後の地面には殉教者の遺体が横たわり、右奥には丸屋根の建物と、その前に立つ小さな人影が見える。青い空を背に、伏せた顔と白い布に光が当たり、赤い衣の大きな面が画面を占める。
プラクセディスは2世紀ローマの聖女で、キリスト教徒が迫害された時代に、殉教者の血を海綿で集めて遺体を葬ったと伝えられる。ローマのサンタ・プラッセーデ聖堂にその名を残す。
フィチェレッリの原画(1640〜1645年頃、フェラーラの個人蔵)との最も大きな違いは、この十字架で、原画には描かれていない。フェルメールが他の画家の絵を写した例は、ほかに知られていない。フェルメールは結婚の前後にカトリックに改宗したとされ、この十字架や主題の選択に、画家自身の信仰を読む見方もある。また、アメリカの研究者アーサー・ウィーロックは、うつむいた聖女の顔が、フェルメールの《眠る女》(1657年頃)の女性とよく似ていると指摘している。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれている。2014年にアムステルダム国立美術館とアムステルダム自由大学が行った鉛白の分析では、絵具はオランダかフランドルのもので、フェルメールの《ディアナとニンフたち》の絵具と近い可能性が示された。地塗りに白亜を用いる点も当時のオランダ絵画に通じ、青には高価なウルトラマリンがふんだんに使われている。
画風は、よく知られた室内画とは大きく異なる。同じ頃の《マリアとマルタの家のキリスト》や《ディアナとニンフたち》と同じく、大きな人物を画面いっぱいに描いた歴史画で、イタリア絵画に学んだ量感のある人物表現と、柔らかな光の扱いが見られる。
意義
真筆かどうかは今も意見が分かれる。ウィーロックは1986年に真筆説を唱え、署名も制作時のものと結論づけた。一方、マウリッツハイス美術館の修復責任者だったヨルゲン・ワドゥムは、背景が前景より先に描かれていることから、模写ではなく原作の描き方だとして、フィチェレッリ周辺のイタリアの画家の作とみた。2008年刊行のワルター・リトケの全作品集には収められていない。2023年、アムステルダム国立美術館は大規模なフェルメール展に本作を出品し、真筆と判断したと発表した。国立西洋美術館は「フェルメールに帰属」として展示している。真筆であれば、宗教画から出発した若いフェルメールがイタリア絵画に学んでいた時期を伝える作品となる。