《雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道》
黄と白に溶ける雨の空の下、赤茶色の高架橋が急な角度で奥へ伸び、黒い蒸気機関車が火室を赤く光らせてこちらへ迫る。左には石造りの古い橋がかかり、川には小舟が一艘浮かぶ。
概要
《雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道》(原題: Rain, Steam, and Speed – The Great Western Railway)は、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが1844年に発表した油彩画である。縦91センチ、横121.8センチ。ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。雨の中、テムズ川に架かるメイデンヘッド鉄道橋を渡って、蒸気機関車がこちらへ向かってくる。所蔵館によれば、橋は技師イザムバード・キングダム・ブルネルの設計で1838年に完成したもので、画面は東のロンドンの方角を向き、西へ走る列車を正面からとらえている。ロマン主義の画家ターナーが、同時代の技術を主題にした晩年の代表作である。
画面の読み解き
画面の右下から、赤茶色の高架橋が急な角度で奥へ伸び、その上を黒い機関車が雨を突いて近づいてくる。前面では火室が赤く光り、高い煙突からは小さな蒸気が三つ上がる。後ろには屋根のない貨車が連なる。所蔵館によれば、機関車は「ファイアフライ」型で、この貨車には最も安い運賃の乗客が乗った。左には、1770年代に造られたテイラーの石造りの道路橋がアーチを並べ、その下の川面に小舟が一艘浮かぶ。岸辺には小さな白い人影がいくつか見える。空は黄と白に溶け合い、ところどころに青がのぞく。降りしきる雨の向こうから、橋の両側の森や野に日が差している。画面の右端近くには、馬に鋤を引かせて畑を耕す男が、かすかに描かれている。
技法・様式
所蔵館は、奥へ向かって極端に縮まる高架橋の描き方が、雨の中から列車が飛び出してくる速さを感じさせると述べる。ターナーはこの斜めに奥へ退く構図を、プッサンやクロードの研究から身につけ、ロイヤル・アカデミーの遠近法の教授としての講義でも取り上げていた。空や野には、厚く盛ったインパストの白や黄と、薄く擦りつけた絵具とが入り交じる。線路のほぼ中ほどには、機械の速さに対する自然の速さとして野ウサギが軽く描かれていたが、絵具が年月とともに透けて、いまは見えない。1859年の版画にはその姿が残っている。所蔵館の目録によれば、1966年に絵具の剝落のため裏打ちを行ったが、所蔵館に入って以来、表面の汚れを除く以外の洗浄はされていない。
来歴
本作は1844年のロイヤル・アカデミー展に出品された(出品番号62)。所蔵館によれば、画家ジョージ・レスリーは少年のころ、公開の前日にターナーが本作に最後の筆を入れるのを見ており、速さを表すのは列車ではなく野ウサギだったと伝えている。批評家ジョン・ラスキンに寄せられた話では、ジェーン・オメーラという女性が1843年6月の嵐の夜、この路線でロンドンへ向かったとき、ブリストルで停まった列車の窓から、同乗の男が10分近く身を乗り出していた。彼女はロイヤル・アカデミーで本作を見て、あの乗客はターナーだったに違いないと語ったという。画家の没後、1856年のターナー遺贈で所蔵館に入った。所蔵番号NG538。同館の第40室に展示されている。
意義
1844年の展覧会で、作家ウィリアム・メイクピース・サッカレーは『フレイザーズ・マガジン』に、本物の雨の向こうに本物の日の光があり、いまにも虹が出そうだと書いた。『モーニング・クロニクル』紙は、この年ターナーが出品した7点のうち「最も狂気じみて、最も壮麗」と評している。所蔵館は、ターナーが同時代の暮らし、とくに産業と技術に関心を寄せ、自身も蒸気機関車などの新しい乗り物を使っていたことから、本作を近代の拒絶とみるのは当たらないとする。《戦艦テメレール号》と同じく、小舟や鋤に象徴される産業以前の世界と近代とを一つの画面に対比させながら、列車と橋を描くに値する主題として示した作品である。