クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《戦艦テメレール号》

The Fighting Temeraire tugged to her last berth to be broken up, 1838
《戦艦テメレール号》ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
制作年
1839年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
90.7 × 121.6 cm
広告

燃えるような夕焼けの下、白く幽霊のように輝く三層甲板の帆船が、黒い煙を吐く小さな蒸気の曳き船に引かれて、静かなテムズ川をこちらへ進んでくる。左上の空には細い三日月が昇る。

概要

《戦艦テメレール号》(英: The Fighting Temeraire)は、イギリスの画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが1839年に描いた油彩画である。縦90.7センチ、横121.6センチのキャンバスで、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。トラファルガーの海戦で名を上げた老戦艦テメレール号が、解体されるためにテムズ川を曳かれてゆく最後の航海を描く。

画面の読み解き

ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、テメレール号は、外輪の蒸気曳き船に引かれて、ケントのシアネスから、解体場のあるロンドン南東部のロザーハイズへ向かっている。ターナーは事実に手を加え、実際には取り外されていた3本の下部マストを残して帆をたたみ、黒と黄の船体を白と金に塗り替えた。船は幽霊のように、鏡のような川面を滑ってゆく。海軍の船でなくなった老艦は英国旗を掲げず、曳き船の白い商船旗が、その不在を際立たせる。曳き船の黒い煙突は、実物とは違ってマストの前に置かれ、すすけた煙がテメレール号のマストのあいだへ流れる。画面の右3分の1を夕日が占め、左上には淡い三日月が昇る。右下の暗いブイが、白い太陽と釣り合いをとる。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。館の音声解説によれば、太陽のまわりの雲は、橙、茶、桃、黄の広がる色の帯で塗られ、ところどころ絵具が厚く盛り上がるほどのインパストである。館によれば、批評家ジョン・ラスキンが述べたように、ターナーの「最も深い深紅の夕空」はしばしば死を意味し、夕日は、最後の停泊地へ近づく老艦の物語に、哀歌のような調子を与えている。ただし、テムズ川を上る船は西へ向かうので、東に夕日を背負うことはありえない。この太陽の位置は『タイムズ』紙で議論を呼んだ。

来歴

館によれば、テメレール号は5000本を超えるオーク材で造られた98門の三層甲板艦で、1805年のトラファルガーの海戦ではネルソンの旗艦ヴィクトリー号を守った。1838年6月に海軍が売却を命じ、ロザーハイズの解体業者ジョン・ビートソンが5530ポンドで買い取って、2隻の曳き船で約2日かけて運んだ。ターナーが曳航を目にした可能性は低く、当時の報道をもとに場面を想像で描いたとみられる。本作は1839年のロイヤル・アカデミー展に、トマス・キャンベルの詩を改めた「戦いと風に立ち向かった旗も、もはや彼女のものではない」という詩句とともに出品された。買い手の申し出を断って画家は手元に置き、1851年の死後、ターナー遺贈として国に入った。所蔵番号はNG524。

意義

館によれば、本作はテメレール号の最後の航海の記録であると同時に、その英雄的な歴史への記念碑であり、夕日の中で、帆船の時代が蒸気の時代に道を譲るという大きな象徴を帯びる。小説家サッカレーは曳き船とそれが表すものへの批判を読み取ったが、蒸気船や鉄道にも乗った画家の近代への態度は、もっとあいまいだった。ターナーは本作を「いとしい子」と呼び、早くから国に遺すつもりだったとみられる。いまもナショナル・ギャラリーで、そしてイギリスで最も愛される絵の一つである。