《ルクレツィア・パンチャティキの肖像》
暗い壁龕を背に、赤い衣装の貴婦人が肘掛け椅子に斜めに腰かけ、まっすぐこちらを見る。白磁のような肌、真珠の首飾りと金の鎖が光り、膝の上には開いた祈祷書が置かれ、右手がその頁に添えられている。
概要
《ルクレツィア・パンチャティキの肖像》(伊: Ritratto di Lucrezia Panciatichi)は、フィレンツェの画家アーニョロ・ブロンズィーノが1541年から1545年にかけて描いた油彩の肖像画である。縦102センチ、横83.2センチの板絵で、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。館は、画家の円熟した様式を最もよく味わえる作品の一つとする。
画面の読み解き
館の解説(アンナ・ビシェーリア執筆)によれば、モデルのルクレツィア・ディ・ジズモンド・プッチはフィレンツェの貴婦人で、銀行家バルトロメオ・パンチャティキの妻だった。夫の肖像も同じ館にある。舞台は薄暗い部屋で、奥の壁には、溝彫りの付け柱とイオニア式の柱頭に縁どられた灰色の石の壁龕がのぞく。夫人は、肘掛けに笑う仮面を彫った椅子に、斜めを向いて腰かける。ラファエロが教皇ユリウス2世やレオ10世の肖像で始めた形である。強い光が夫人の肌をアラバスターの彫刻のようになめらかに見せ、ひだや刺繍やリボンに飾られた赤い衣装を照らし出す。宝石は、貴石のベルト、薬指のエメラルド、金と真珠の髪飾り、情熱と愛のしるしであるルビーを下げた真珠の首飾りと豪華だが、最も目を引くのは、「愛は終わりなく続く」を意味する仏語の銘が刻まれた金の鎖である。
技法・様式
板に油彩で描かれ、「BRONZ.O FIORENTINO」の銘がある。館によれば、ブロンズィーノはラファエロの型を自分の独創的な形に作り変え、同じころ《エレオノーラ・ディ・トレドと息子ジョヴァンニ》にも用いた。それは当時のフィレンツェの野心や風俗を見事に体現していたからである。素描の申し分のない確かさと、触れられそうなほど写実的な細部の正確さに円熟の様式が表れ、彫像のような姿勢が人物を凍らせたように見せる一方で、その目には見る者の視線をとらえる生き生きとした光が残る。
来歴
日本語版ウィキペディアによれば、ルクレツィアは1528年にパンチャティキ家に嫁ぎ、本作は彼女が40代で、夫が最も成功していた時期に描かれた。ジョルジョ・ヴァザーリは夫妻の2点の肖像を、本当に生きているように見えるほど自然だと評している。館の目録番号は1890年目録の736番で、現在は館のブロンズィーノの展示室(D14)に掛けられている。
意義
館によれば、金の鎖の銘は夫への愛の誓いと伝えられてきたが、膝の祈祷書とあわせて、人類への神の愛という宗教的な意味を読み取る研究者もいる。夫妻はリヨンに暮らした時期に異端的な霊性運動に近づき、のちフィレンツェに戻って異端の審問を受けた。肖像はその信仰にも触れているのかもしれない。日本語版ウィキペディアによれば、本作はヘンリー・ジェイムズの小説『鳩の翼』(1902年)にも登場する。