《公女の肖像》
暗い茂みと青い空を背に、若い女性が左を向いて横顔を見せる。額を高く見せるように髪を後ろへまとめ、白い布で結い上げる。まわりにはオダマキやナデシコが咲き、額の近くを赤い蝶が舞う。袖には、取っ手のついた壺の刺繍がある。
概要
《公女の肖像》(仏: Portrait d'une princesse de la Maison d'Este)は、イタリアの画家ピサネロが15世紀の第2四半期に描いた油彩の板絵である。縦43センチ、横30センチのポプラ材の板に、蝶と花の茂みを背にした若い公女の横顔を描く。袖の紋章から、フェラーラのエステ家の女性とみられている。ルーヴル美術館が所蔵する。
画面の読み解き
英語版ウィキペディアによれば、描かれているのはごく若い、少女といってよい女性である。緑の茂みには蝶、ナデシコ、オダマキが散らばり、その前に横顔の輪郭がくっきりと浮かぶ。髪は、高く丸い額に見えるように整えられている。それはルネサンスのイタリアで美しさのしるしとされ、当時の女性は眉や生え際の毛を抜き、髪を顔からきつく引き上げてこの特徴を際立たせた。額の近くを舞う蝶はヨーロッパアカタテハで、魂の象徴とされる。モデルを特定する唯一の確かな手がかりは、袖に刺繍された、両側に取っ手のある壺である。これはエステ家の紋章で、ピサネロがレオネッロ・デステのために作ったメダルの裏面にも現れる。
技法・様式
所蔵館によれば、ポプラ材の板に油彩で描かれる。英語版ウィキペディアや ja.wp はテンペラとしている。ja.wp によれば、作者がピサネロであることは、様式の特徴に加えて、画家がこの時期にフェラーラに滞在し、レオネッロ・デステの肖像と記念メダルも手がけたことから確かとされる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、わずかに残るピサネロの板絵の特徴を、細密画家のような精妙な細部と注意深い観察に見ている。
来歴
所蔵館によれば、1860年頃にパリの競売でドイツ領事フェリックス・バンベルクが買った。その時はピエロ・デッラ・フランチェスカの作とされていた。パリのシャルル・ピカールを経て、1893年にルーヴル美術館が購入した。所蔵番号は RF 766。2001年から2002年にロンドン・ナショナル・ギャラリーで開かれたピサネロ展、2017年から2018年のルーヴル=ランス「時のギャラリー」などに出品された。現在は展示されていない。
意義
所蔵館によれば、モデルとしては今日、マルゲリータ・ゴンザーガ、ジネヴラ・デステ、ルチア・デステの名が多く挙げられる。英語版ウィキペディアによれば、マルゲリータはレオネッロ・デステの妻で、本作は1433年の二人の結婚の頃に描かれた可能性がある。ジネヴラ説は、袖のビャクシン(伊: ginepro)の小枝を名前に掛けたものとみる見方だが、小枝は単に幸福の象徴とも考えられる。