《ノクターン:青と銀色—チェルシー》
青と銀灰色だけの静かな画面に、夜のテムズ川が広がる。対岸には暗い家並みが横たわり、右に教会の塔が立ち、窓の灯りが水面に細く映る。手前には低い艀が浮かび、岸辺に漁師が一人立つ。下の中央に蝶の署名がある。
概要
《ノクターン:青と銀色—チェルシー》は、アメリカ生まれの画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーが1871年に描いた油彩の風景画である。縦50.2センチ、横60.8センチの板に描かれ、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。所蔵館によれば、1871年8月に描かれた、ホイッスラーの「ノクターン」の最初の作品とみられる。
画面の読み解き
所蔵館によれば、テムズ川のバタシー側からチェルシーの方を眺めた景色で、右の地平にはチェルシー・オールド・チャーチの塔がかすかに見える。手前には低い艀と漁師の姿が、最小限の描写で示されている。夕方から夜のテムズ川の美しさと静けさを伝えようとした作品で、ホイッスラーはのちに「ノクターン」という語によって、絵から物語的な関心を取り除き、純粋に芸術的な関心だけを示したかったと説明している。
技法・様式
板に油彩で描かれる。所蔵館によれば、暗い灰色の地を塗った板の上に、薄い絵具の層を重ねて、対照的な明るさを生み出している。限られた色数、線の簡潔さ、下の中央の蝶の形の署名には、日本の浮世絵の影響がはっきり表れている。蝶の署名と「71」の年記はカルトゥーシュの中にあり、画家が意匠した額にも蝶の印がある。
来歴
所蔵館によれば、1871年8月のある夕方、蒸気船でウェストミンスターから戻ったホイッスラーは、川の眺めに心を動かされ、アトリエに駆け込んで夕景の《ヴァイオレットと緑のヴァリエーション》(オルセー美術館)と本作を一度に描いた。同年11月のダドリー・ギャラリー展に《青緑のハーモニー—月光》の題で出品され、そこで収集家ウィリアム・クレヴァリー・アレグザンダーが購入した。その娘たちの寄贈により、1972年に同館に入った。所蔵番号はT01571。
意義
所蔵館によれば、「ノクターン」の呼び名は、パトロンのフレデリック・レイランドが最初に用いたもので、夜の情景と音楽の連想をあわせもつ。ホイッスラーは「批評家たちがどれほど苛立つか」とレイランドに感謝を書き送った。1871年の『タイムズ』紙は、絵画は音楽に近く、色の巧みな組み合わせによって気分をつくるべきだとする理論の例として本作を評しており、のちの《ノクターン:黒と金色—落下する花火》へ続く連作の出発点となった。