《ロザリオの聖母》
- 作者
- カラヴァッジョ
- 制作年
- 1601年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 364.5 × 249.5 cm
- 所蔵
- ウィーン美術史美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- バロック
赤い幕の下、幼子を抱いた聖母が、左の聖ドミニクスにロザリオを配るよう指し示す。その足もとには素足の民衆がひざまずいて手を伸ばし、右では頭に傷のある聖ペテロ・マルティルが見る者を振り返る。
概要
《ロザリオの聖母》は、イタリアの画家カラヴァッジョが1601年頃に描いた大きな祭壇画で、ウィーン美術史美術館が所蔵する。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦364.5センチ、横249.5センチ、額を含めると縦411センチ、横295センチ。所蔵番号は絵画館147で、館の絵画館V室に展示されている。
画面の読み解き
館の解説によれば、聖母は聖ドミニクスに、民衆へロザリオを配るよう命じている。聖ペテロ・マルティルは、すべての恵みの源である幼子キリストを指し示し、左端の寄進者は、見る者にも聖ドミニクスの庇護のもとに入るよう促している。館が Google Arts & Culture に寄せたツェツィーリア・ビショフの解説(2010年)によれば、頭の傷で見分けられる聖ペテロ・マルティルは、聖なる仲立ちとして見る者のほうへ向き直る。聖母は脇へ向き、従順に見上げる聖ドミニクスに、ひざまずいて押し寄せる人々へロザリオを配るよう命じる。しかし聖母も仲立ちにすぎず、内容の上でも構図の上でも、注目の的は幼子イエスである。
技法・様式
ビショフの解説によれば、カラヴァッジョはほとんどの作品と同じく、強い明暗の対比によって、理想化しない写実的なやり方で人物の力強い存在感を生み出している。人々が求めるロザリオ自体は影に置かれてかえって目立たず、そのぶん明るく照らされた手が強く印象づけられる。画面では、上部に大きな赤い幕が垂れ下がり、左に太い柱が立つ。手前にひざまずく人々の足の裏が、見る者のほうに向けられている。
来歴
館の記録によれば、注文主ともとの用途は今もわかっていない。1607年、画家フランス・プールビュス(子)が、本作がナポリでルイ・フィンソンとアブラハム・フィンクの手にあると伝えた。二人は1617年までに本作をアムステルダムへ運び、ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリック・ファン・バーレンらの芸術家の仲間が、アントウェルペンのドミニコ会聖堂のために買い取った。1781年に聖堂を訪れた皇帝ヨーゼフ2世に本作が譲られ、1786年にウィーンへ運ばれた。
意義
ビショフの解説によれば、教皇グレゴリウス13世は、1571年のレパントの海戦でキリスト教国の連合艦隊がトルコ艦隊に勝ったのを受けて、1573年にロザリオの祝日を定め、その執り行いをドミニコ会に託した。制作地と年については、館の作品頁が「おそらくローマ」とする一方、ビショフの解説は最新の研究としてナポリで1601年から1605年に描かれたとし、決着していない。館の解説は、本作が1620年に、ピーテル・パウル・ルーベンスやヤン・ブリューゲル(父)を含む芸術家の仲間の寄進としてアントウェルペンのドミニコ会聖堂に入ったとし、ビショフの解説はその購入を1618〜1619年とする。