
アンソニー・ヴァン・ダイク工房《画家ヤン・ブリューゲル(父)》(1628〜1632年頃、アルテ・ピナコテーク)
Wikimedia Commons / アルテ・ピナコテーク / Public domain- 生没年
- 1568–1625年
- 国籍
- 南ネーデルラント
- 様式
- フランドル・バロック絵画
ヤン・ブリューゲル(父)
ブリュッセル生まれのフランドルの画家。ピーテル・ブリューゲル(父)の次男で、小さな画面に細密に描いた花の静物や楽園の情景で名高い。大公夫妻の宮廷画家を務め、ルーベンスらと多くの合作を残した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、名高い画家一族の子としてブリュッセルに生まれた。父は16世紀の大画家ピーテル・ブリューゲル(父)、兄はピーテル・ブリューゲル(子)である。父が早く亡くなったため、まず細密画家だった祖母マリア・ベッセメルスに水彩の技を学んだ。1589年にイタリアへ向かい、1590年にナポリ、1592年から1594年にはローマで枢機卿アスカニオ・コロンナに仕え、風景画家パウル・ブリルや枢機卿フェデリコ・ボッロメーオと知り合った。1595年にボッロメーオに仕えてミラノへ移り、1596年末にアントウェルペンへ戻って、翌年同地の画家組合に登録した。1606年からは南ネーデルラントを治めたアルブレヒト大公とイサベル大公妃の宮廷画家を、亡くなるまで務めた。1625年にアントウェルペンで没した。
様式
同館によれば、はじめは兄と同じく父の構図の写しや翻案を描いたが、やがてきわめて独自の画風を築いた。銅板に描くこともあった小さな歴史画、花の静物画、寓意画や神話画、楽園の情景で名高い。マウリッツハイス美術館によれば、動物や植物を百科事典のように細かく描き分け、大公夫妻の動物園で動物を観察していたとみられる。
代表作
ルーベンスとの合作《人間の堕落のあるエデンの園》(1615年頃、マウリッツハイス美術館)がよく知られる。同館によれば、二人の合作はおよそ20点にのぼる。
影響
晩年にはルーベンス、ヨース・デ・モンペル(子)、ヘンドリック・ファン・バーレンらと合作した。広く写され模倣されたが、記録に残る弟子は静物画家ダニエル・セーヘルスだけである。一族の画業は、長男ヤン・ブリューゲル(子)と息子アンブロシウスに受け継がれた。