《聖母子と天使》
アーチの開いた窓辺で、白い頭巾の聖母が目を伏せ、幼子の体を両手で支える。幼子は聖母の胸もとに手を伸ばし、その体を下から抱え上げる巻き毛の天使だけが、こちらを振り向いている。
概要
《聖母子と天使》は、イタリアの画家サンドロ・ボッティチェッリが1465年から1467年頃に描いたテンペラ画で、フィレンツェの捨て子養育院美術館が所蔵する。イタリア文化財省の総合目録の調書では、板にテンペラで描かれ、ボッティチェッリに帰属される。調書によれば、作品は捨て子養育院の美術館の2階の画廊にある。英語版ウィキペディアによれば、大きさは縦87センチ、横60センチ。ボッティチェッリの最も早い時期の作品の一つである。
画面の読み解き
画面では、アーチの開いた窓辺を背に、白い頭巾をかぶり、赤い衣に濃い緑のマントをまとった聖母が、目を伏せて幼子イエスの体を両手で支える。幼子は白い布を腰にかけただけの姿で、聖母の胸もとに手を伸ばしている。その体を下から抱え上げる巻き毛の天使は、白い衣に赤い袖をつけ、小さな翼をのぞかせて、ただ一人こちらを振り向く。窓の外には青い空が広がり、左右には柱頭のある石の柱が立つ。日本語版ウィキペディアによれば、聖母のまなざしは幼い息子の運命に思いをめぐらせているように見え、装飾を抑えたきわめて単純な構図である。
技法・様式
調書によれば、本作はウフィツィ美術館にあるフィリッポ・リッピの絵の主題を変奏したもので、長くリッピの作とされてきた。今ではリッピの様式に近い、ボッティチェッリの若い頃の作品と考えられている。日本語版ウィキペディアは、多くの研究者がリッピの《聖母子と二人の天使》に倣ったものと指摘しているとし、同じ図像にもとづくボッティチェッリの作品として、ワシントンのナショナル・ギャラリーやメトロポリタン美術館などの聖母子像を挙げる。また、生き生きとした赤子のモデルを写実的に描いたことから、神経学でいうバビンスキー反射を描いた最も早い例かもしれないとする1989年の論文も紹介している。
来歴
日本語版ウィキペディアによれば、19世紀半ばの美術館の目録ではリッピの作とされていたが、1893年に美術史家ヘルマン・ウルマンが初めてボッティチェッリの作とした。本作の保存状態は悪く、聖母子の顔は当初のままと考えられる一方、聖母の右手、天使の顔、背景の空などに損傷がある。1924年から1925年に修復家アウグスト・フェルメーレンが修復したが、洗浄が強すぎ、絵具の層や衣を縁取る金の帯が損なわれたとされる。調書も保存状態を「よくない」と記している。
意義
調書によれば、美術史家ルチャーノ・ベッローズィは、ウフィツィ美術館にあるボッティチェッリの《剛毅》の1470年を確かな下限とし、本作をそれより古い作品とみている。日本語版ウィキペディアは、本作がボッティチェッリとリッピの密接な芸術上の関係を示す初期の聖母子像であり、母性を主題とするこの図像が、捨て子養育院という場にもふさわしかったと記している。