《大貴族モロゾワ》
雪の積もったモスクワの通りを、黒衣の女を乗せた橇が進む。女は鎖につながれた手を高く掲げ、二本の指を立てている。通りを埋める群衆のなかには、嘲る者もいれば、頭を垂れる者や涙ぐむ者もいる。
概要
《大貴族モロゾワ》(露: Боярыня Морозова)は、ワシーリー・スリコフが1887年に完成させた油彩画である。縦304センチ、横587.5センチの大作で、トレチャコフ美術館が所蔵する。17世紀のロシアで、総主教ニーコンの教会改革に激しく反対し、長司祭アヴァクームに従った古儀式派の大貴族の未亡人、フェオドシヤ・モロゾワを主人公とする歴史画である。所蔵館によれば、スリコフは子どものころにモロゾワの悲劇的な運命の話を聞いて心を打たれ、のちに歴史家の書物や作家たちの作品を読んでその記憶を深めた。
画面の読み解き
所蔵館によれば、描かれているのは、鎖につながれたモロゾワが「さらし者」としてモスクワの通りを運ばれ、のちに最期を迎えるボロフスクの修道院へ送られる場面である。ロシア語版ウィキペディアは、これを1671年11月の出来事とする。橇の上の黒衣のモロゾワは、鎖のついた手を高く上げ、旧来の信仰のしるしである二本指の十字を示す。右下の雪の上に座る裸足の聖愚者が同じ二本指で応え、物乞いの女が橇を追って手をのばし、青い毛皮の上着を着た若い娘が彼女に向かって頭を垂れる。橇の脇には子どもたちが走る。通りの左右を、着物も身分も年齢も、モロゾワへの態度もさまざまな17世紀のモスクワの人々が埋め、背景には雪をかぶった家々の屋根と教会の丸屋根が並ぶ。
技法・様式
所蔵館は、凍った空気やきらめく青い雪、衣装の豊かな色彩、雪をかぶった屋根や教会の丸屋根が、指揮者に従う合唱やオーケストラのように一つの響きにまとまると述べる。制作に先立つヨーロッパ旅行で、スリコフはとくにルネサンスのヴェネツィア派の色彩画家たちに心を奪われ、色の豊かさを保ちながら調子をそろえる方法を学んだ。そのおかげでロシアの冬景色の色合いを見事に伝え、ほとんど印象派のような効果に達したと館は解説する。古い衣装の色の多様さは一つの装飾的な模様に溶け合い、次の世代の画家たちの原理を先取りしているという。
制作の経緯
所蔵館によれば、最初の油彩の下絵は1881年に描かれ、そこではすでに、怒りの身ぶりで手を上げるモロゾワの黒い姿と、全体の構図ができていた。ただし下絵の舞台はクレムリンの城壁の内側で、完成作ではそれがモスクワの通りに移された。スリコフはその後、《ベリョーゾフのメンシコフ》(1881〜1883年)の制作と1883年から1884年のヨーロッパ旅行をはさみ、1884年から大画面の制作に本格的に取り組んだ。
来歴
ロシア語版ウィキペディアによれば、作品は1887年2月にサンクトペテルブルクで開いた第15回移動派展に出品され、4月にはモスクワへ巡回した。所蔵館の記録では、同じ1887年にパーヴェル・トレチャコフが画家から購入した。所蔵番号はИнв.781。
意義
批評家ウラジーミル・スターソフは、本作をロシア史を主題とする絵のなかで「第一の作品」と呼んだ。《銃兵処刑の朝》(1881年)、《ベリョーゾフのメンシコフ》(1883年)とあわせて、17〜18世紀のロシア史の劇的な事件を描いたスリコフの三部作とされ、本作はその頂点に数えられる。