《ヴォルガの舟曳き》
イリヤ・レーピンが1870〜1873年に描いた油彩画。夏の日差しのもと、ヴォルガ川の砂の岸辺で引き綱を肩にかけ、荷船を曳いて進む11人の舟曳きを、幅2.8メートルの画面に描いた。ロシア写実主義を代表する作品である。
概要
《ヴォルガの舟曳き》(露: Бурлаки на Волге)は、ロシアの画家イリヤ・レーピンが1870年から1873年にかけて描いた油彩画である。ヴォルガ川の砂の岸辺を、引き綱でつながれた11人の舟曳き(ブルラーク)が、後ろの荷船を曳いて重い足取りで進む。貧しい労働者を、高さ1.3メートル、幅2.8メートルの大画面に堂々と描いたこの作品は、若いレーピンの名をヨーロッパに広め、ロシア写実主義絵画の出発点の一つとされる。サンクトペテルブルクのロシア美術館が所蔵する。
来歴
帝国美術アカデミーの学生だったレーピンは、1868年、ペテルブルクのネヴァ川で舟遊びをしていたときに初めて舟曳きの一団を目にした。着飾って岸辺を散策する人々と、引き綱につながれたぼろ服の男たちとの対比に、強い衝撃を受けたという。その後二度にわたってヴォルガ川を旅し、舟曳きたちと親しくなって多くの習作を描いたうえで、1873年3月に本作を完成させた。同年のウィーン万国博覧会で銅メダルを受け、皇帝アレクサンドル2世の子ウラジーミル大公が3000ルーブルで買い上げて自邸に飾った。ロシア革命後の1918年、大公の旧宮殿からロシア美術館に移された。
画面の読み解き
舟曳きたちは三つのまとまりに分かれ、古代の浮彫りのように横一列に並ぶ。先頭の一団を率いるのは、元司祭のカーニンである。レーピンはその知的な額と深いまなざしに打たれたと書き残している。その周りには、力の抜けた太い腕を垂らす男や、見る者を上目づかいに見る元水夫のイリカがいる。群れの中央では、赤いシャツの少年ラーリカが、やせた肩からずり落ちる引き綱を直しながら顔を上げ、ただ一人前を見据えている。少年のそばでは、隣の男にもたれてパイプに煙草を詰める者や、やつれた顔の汗をぬぐう者が歩き、最後尾には帽子をかぶった髭の男の横顔が見える。右奥の水平線には蒸気船の煙がかすかに見え、機械の時代に取り残されていく手仕事を暗示するとも読まれている。
技法・様式
カンヴァスに油彩で描かれている。白く輝く砂と水、明るい空が、日に焼けた男たちの暗い衣服と対比され、真夏の強い日差しを感じさせる。人物はそれぞれ実在の舟曳きを写した肖像習作にもとづき、表情や体つきが描き分けられている。ありふれた労働の場面を描く風俗画でありながら、群像を横長の大画面に記念碑のように配する構成は、本来は神話や歴史の英雄を描く歴史画のものである。館はこれを「高いジャンルの規則でつくられた、11人の舟曳きの厳しい集団肖像」と評している。
意義
ロシア美術館は、本作がロシアの風俗画の歴史に新しい時代を開いたと位置づけている。批評家ウラジーミル・スターソフは、ロシアで誰もあえて取り上げなかった主題に真正面から挑んだと絶賛し、作家ドストエフスキーも、労働者を「気の毒な人々」として見せつけるのではなく、ただありのままの舟曳きを描いたと評価した。本作の成功は、レーピンがのちに移動派の中心画家となる道を開き、その後のロシア写実主義の歩みを方向づけた。