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《悲しむ老人》

Treurende oude man ('At Eternity's Gate')
《悲しむ老人》フィンセント・ファン・ゴッホ
GoldenArtists / クレラー・ミュラー美術館 / CC BY-SA 4.0 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
フィンセント・ファン・ゴッホ
制作年
1890年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
81.8 × 65.5 cm
所蔵
クレラー・ミュラー美術館 (展覧会「Van Gogh, All Our Paintings」(2026年9月15日〜2027年1月3日)で、館蔵のゴッホの油彩88点とともに展示中)
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フィンセント・ファン・ゴッホが1890年5月、南フランスのサン=レミの療養院で描いた油彩画。暖炉のそばの椅子で両手に顔をうずめる老人を、ハーグ時代の1882年に作った石版画をもとに、晩年の色彩と筆づかいで描き直した。

概要

《悲しむ老人》(蘭: Treurende oude man)は、フィンセント・ファン・ゴッホが1890年5月、南フランスのサン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院で描いた油彩画である。赤い燃えさしの残るストーブのそばで、青い服の老人が椅子に腰かけ、握った両手に顔をうずめている。英題の「永遠の門にて(At Eternity's Gate)」は、もとになった1882年の石版画の一枚に、ゴッホ自身が書き入れた言葉に由来する。オランダ・オッテルローのクレラー・ミュラー美術館が所蔵する。

来歴

1882年、ハーグにいたゴッホは、救貧院に暮らす年金生活の老人をモデルに、両手で顔を覆って座る老人の素描を描き、その2日後には同じ図柄のリトグラフを刷った。8年後の1890年春、2か月あまり続いた重い発作から回復しつつあった画家は、仕事を再開するためにオランダ時代の人物素描をいくつか描き直し、本作もその一点となった。まもなくゴッホはサン=レミを離れてパリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移り、同年7月に没している。1912年、ケルンのゾンダーブント展で実業家アントン・クレラーが本作を購入し、翌1913年5月15日、結婚25周年の贈り物として妻ヘレーネに贈った。ヘレーネは喜びのあまり、これはコレクションの要石だと書き送っている。

画面の読み解き

老人は背を丸めて肘を膝につき、握りこぶしを目に押し当てている。顔は見えず、表情ではなく体の形そのものが深い悲しみを伝える。館によれば、ゴッホは素描をそのまま色で写したのではなく、構図を変え、椅子やストーブなど療養院の室内を取り入れ、患者の一人にポーズを頼んだ可能性もある。

1882年に石版画を刷ったころ、ゴッホは弟テオへの手紙に、炉端に静かに座る老人の、本人も気づかないかもしれない表情のなかにこそ、ミレーが信じた「高みにあるもの」、つまり神と永遠の存在の強い証しがあると書いた。うなだれた老人の姿に「永遠の門にて」という題を重ねたのは、この信仰によると考えられている。

技法・様式

カンヴァスに油彩で描かれている。白黒の石版画に対し、本作では青い服、黄色い椅子、赤い燃えさしが鮮やかに対比され、床板や壁、服のしわは、短く方向をもった筆触で描き分けられている。輪郭は濃い青の線でくくられ、絵具は厚く盛り上げられる(インパスト)。暗い色調で貧しい人々を描いたオランダ時代の主題を、南フランスで身につけた明るい色彩と力強い筆づかいでよみがえらせた作品である。

意義

サン=レミの療養院でゴッホは、自分で主題を探しに出られない時期にも、ミレーやドラクロワの作品の複製、そして自らの旧作を色彩で描き直すことで制作を続けた。本作は、若い日の貧しい人々への共感と信仰を、死の2か月前の画家がもう一度描いた、画業の始まりと終わりを結ぶ作品といえる。英題は、2018年にジュリアン・シュナーベル監督がゴッホの晩年を描いた映画の原題にも用いられ、日本では『永遠の門 ゴッホの見た未来』として公開された。