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《不安》

《不安》エドヴァルド・ムンク
Wikimedia Commons / ムンク美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エドヴァルド・ムンク
制作年
1894年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
93.5 × 73 cm
流派
象徴主義
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赤く燃える雲の空の下、橋の上を黒い服の人々がこちらへ向かってくる。帽子の女、山高帽の男、とがった顎ひげの男が、緑がかった青白い顔で大きく目を見開き、見る者を見つめる。背後にはフィヨルドと町が広がる。

概要

《不安》(ノルウェー語: Angst)は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが1894年に描いた油彩画である。縦93.5センチ、横73センチ。血のように赤い空の下を、青ざめた顔の人々がこちらへ歩いてくる姿を描く。愛と死をめぐる連作「生命のフリーズ」に属し、オスロのムンク美術館が所蔵する。

画面の読み解き

館の解説によれば、背景の風景はクリスチャニア(現オスロ)のフィヨルドの奥で、《叫び》と同じ場所である。青白い亡霊のような顔の人々が、亡霊の行列のようにこちらへ迫ってくる。その列は、ほとんど葬列のようにも見える。英語版ウィキペディアによれば、画面を斜めに横切る手すり、町とフィヨルドを見下ろす崖、嵐の雲の渦巻く赤い空という舞台は《叫び》から借りたもので、手前には、光輪のような帽子の女、山高帽の男、帽子をかぶった顎ひげの男がとくに大きく描かれる。研究者アルネ・エッグムは、この顎ひげの男を、ベルリンで親しかったポーランドの作家スタニスワフ・プシビシェフスキとみている。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれ、左下に「E Munch」の署名がある。英語版ウィキペディアによれば、ムンク研究者ゲルト・ヴォルは、目を引く信号のような色と強い色の対比が警告するように働き、画面からにじみ出る不確かさと恐れを強めていると述べる。ムンクは1896年、この図柄をもとにリトグラフと木版画を制作した。版画では手すりが消え、人物が前面いっぱいに広がっている。

来歴

ゲルト・ヴォル編の油彩画の総目録では M 363 にあたる。英語版ウィキペディアによれば、「生命のフリーズ」の一部として初めて展示されたときの題は《赤い雲》だった。館の現在の展示「無限(Infinite)」で公開されている。所蔵番号はMM.M.00515。

意義

英語版ウィキペディアによれば、エッグムは本作を、1892年の《カール・ヨハン通りの夕べ》と《絶望》、それに続く1893年の《叫び》という、不安を描いた先行作の総合とみる。前者のおびえた顔の群衆を、後者のオスロ・フィヨルドの東岸の風景に移したのである。エッグムはまた、若いムンクが恋人を探してカール・ヨハン通りを歩き、押し寄せる人波に不安の発作を覚えた体験と結びつける。一方ヴォルは、個人の体験よりも、象徴主義に典型的な、気分と感情の凝縮された表現とみて、世紀末に広がった社会の崩壊の感覚も読み取っている。