《カール・ヨハン通りの夕べ》
- 作者
- エドヴァルド・ムンク
- 制作年
- 1892年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 84.5 × 121.7 cm
- 所蔵
- コーデ・ベルゲン美術館
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- 象徴主義
夕暮れの大通りの左の歩道を、帽子をかぶった人々の群れがこちらへ歩いてくる。青白い顔に見開いた目が並び、右の車道には黒い人影がひとつ立つ。奥には窓に灯のともる議事堂と、黒々とした木の影が見える。
概要
《カール・ヨハン通りの夕べ》は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが1892年に描いた油彩画で、ノルウェー西部のコーデ・ベルゲン美術館が所蔵する。館の目録では縦84.5センチ、横121.7センチで、下地を塗らないキャンバスに油彩で描かれ、「E Munch」と署名がある。所蔵番号はRMS.M.00245。首都クリスチャニア(いまのオスロ)の目抜き通りカール・ヨハン通りを、夕暮れに歩いてくる人々の群れを描く。
画面の読み解き
館の目録によれば、画面は議事堂の方を望むカール・ヨハン通りを、強い短縮法で描く。左の歩道には、大きく見開いた目の青白い人々が隙間なく流れ、奥には議事堂とエイズヴォル広場のポプラが見える。館の教員向けの資料によれば、見る者は王宮の側から議事堂へ下る大通りに立ち、果てしなく続くかに見える亡霊のような人々の行列と向き合う。人々は別の望みのない世界からさまよい出た魂のように、うつろな大きな目で画面の外を見つめる。沈みかけた日の最後の光が窓ガラスに映り、暗い夕空の下、人のいない車道には孤独な人影がひとつあって、画家自身とみなされることが多い。
技法・様式
館の資料によれば、群れをなして近づく人々は互いに何の関わりももたず、視線をこわばらせて前に向け、目を大きく見開いている。ムンクはここで不安に満ちた幻を描き出し、のちに《叫び》に現れる仮面のような顔を初めて用いた。前年の《春の日のカール・ヨハン通り》(1891年)では、フランスでの長い滞在の直後に、明るい色を短い筆触で置く印象派の描き方を試みていた。ロンドンのコートールド・ギャラリーの展示解説によれば、ムンクの書き残したものから、この絵は、心を寄せた女性を探してカール・ヨハン通りを歩き、人混みのなかで感情に押し流された記憶から生まれたと考えられる。
来歴
館の目録によれば、ベルゲンの実業家ラスムス・メイエルが1909年から所蔵し、メイエルが没した1916年に、遺族のゲルダ・ニクイストとフィン・コラー・メイエルからベルゲン市に寄贈された。1924年からはラスムス・メイエル・コレクションに属している。
意義
館の資料は、本作が近代都市における人間の疎外の表現と読まれることが多いとし、愛と不安と死をめぐるムンクの作品群「生命のフリーズ」の一点に数える。19世紀後半には大都会の慌ただしい暮らしが美術の主な主題になっていたが、本作が呼び起こす人間のドラマは、同時代の人々には受け入れがたいものだった。コートールド・ギャラリーによれば、ムンクは本作を、同じ手法を用いた名高い《叫び》とともに「生命のフリーズ」の一部として展示した。同じ館には《嫉妬》もある。