《東方三博士の礼拝》
- 作者
- ディエゴ・ベラスケス
- 制作年
- 1619年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 203 × 125 cm
- 所蔵
- プラド美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- スペイン・バロック絵画
夕暮れの風景を背に、聖母が幼子を膝に抱き、その前に黄色い外套の王がひざまずいて杯を差し出す。左には白い髭の老王と、赤い外套の黒い肌の王、若者が並び、右の暗がりでは聖ヨセフが見守る。
概要
《東方三博士の礼拝》は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1619年にセビーリャで描いた油彩の宗教画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦203センチ、横125センチ。所蔵番号はP001166で、館の第10室に展示されている。館の解説(ハビエル・ポルトゥス、2014年)によれば、本作はベラスケスの初期の作品のなかで最も大きく、それまでで最も意欲的な構図の一つである。
画面の読み解き
聖母は白い頭布をかぶって幼子を膝に抱き、その前に黄色い外套の王がひざまずいて、金の杯を差し出す。左には白い髭の老王、赤い外套をまとった黒い肌の王、その後ろの若者が並び、右の暗がりからは聖ヨセフが見守る。背後には夕暮れの空と丘の風景がのぞく。館の解説によれば、人物の体は画面をほとんど埋めつくし、絵の表面のすぐ近くに置かれている。色は黄土色と黒を多く使いながら、きわめて美しい赤や白、青も加えている。
技法・様式
館の解説によれば、人物が画面を満たすという点で、本作は多くの面で《セビーリャの水売り》に比べられる。館は、こうした大きさと構成から、本作が宗教的な室内、おそらくイエズス会に関わる場所のために描かれたとみている。奥の若者の顔は、《卵を料理する老婆》など、画家がそれ以前に描いた風俗画(ボデゴン)の人物の顔を思わせるという。
来歴
館の記録によれば、本作が最初に記録された場所は、セビーリャのイエズス会のサン・ルイス修練院(1746年、修練士の礼拝堂)である。イエズス会が追放された1767年以後はセビーリャの王立アルカサルにあった美術アカデミーに移り、1807年にはマドリードにあった。王室の収集を経てプラド美術館に入っている。
意義
館の解説によれば、美術史家セレーラは本作を「家族の肖像」と呼んだ。人物のいくつかに画家自身の家族の面影があるためである。左端の白い髭の王は、師で岳父のフランシスコ・パチェーコの肖像で、その顔はパチェーコの自画像やベラスケスが描いたパチェーコの肖像に比べられる。聖ヨセフと手前のひざまずく王の顔立ちは、プラドにある若い頃の自画像とされる肖像に近い。王バルタサルも実在の人物をもとにしているようで、聖母子については、1619年に画家のただ一人の娘が生まれたことがたびたび指摘されてきた。館は、東方三博士の礼拝に肖像を描き込むことは、福音が万人に向けられたものであることを示すこの図像の伝統にかなっているとする。