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《東方三博士の礼拝》

Adorazione dei Magi
《東方三博士の礼拝》フィリッピーノ・リッピ
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
フィリッピーノ・リッピ
制作年
1496年
素材
板 / テンペラ
寸法
258 × 243 cm
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粗末な小屋の前で聖母が幼子を膝に抱き、ひざまずく老いた王から最初の贈り物を受ける。左右には豪華な衣装の従者たちがひしめき、奥の野には王たちの旅の場面が小さく続く。

概要

《東方三博士の礼拝》は、フィレンツェの画家フィリッピーノ・リッピが1496年に描いた祭壇画で、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。館の記録では、板に油分を含むテンペラで描かれ、縦258センチ、横243センチ。所蔵番号は1890年目録の1566番で、館のA28室に展示されている。館によれば、裏面に「1496年3月29日、フィレンツェのフィリッポ・デ・リッピがわたしを描いた」という意味の署名と日付がある。フィレンツェ郊外のサン・ドナート・ア・スコペート聖堂の主祭壇のために描かれた。

画面の読み解き

館の解説によれば、画面には人物があふれ、東方から幼子イエスを拝みに来た三人の王を見分けるのも難しいほどである。王たちはひざまずき、凝った器に入れた贈り物を差し出す。母マリアの膝の上の幼子は、最も年老いた王の最初の贈り物を抱きしめ、養父ヨセフが物思わしげに見守る。左でひざまずく、毛皮で裏打ちした豪華な黄色の衣の男は、博士たちの天文の知識を示す天体観測儀(アストロラーベ)を手にしている。場面は田園の小屋の前で、上には博士たちを導いた星が輝き、背景には星を見つけるところからヘロデ王の宮殿を通るまでの旅の場面が描かれている。

技法・様式

館によれば、黄色の衣の男は、注文主であるサン・ドナート・ア・スコペートのアウグスティノ会の修道士たちが敬意を表そうとしたピエルフランチェスコ・デ・メディチ(1430〜1476年)の肖像とみられる。その息子のロレンツォ(1463〜1503年)とジョヴァンニ(1467〜1498年)は、冠をかぶせられる王と、その脇で器を持つ金髪の若者にあたるとされる。日本語版ウィキペディアによれば、中央部分はレオナルドの構想に従い、聖家族を中央下に置いて両側に人物を配す点では、同じウフィツィにあるサンドロ・ボッティチェッリの同じ主題の作品の影響も見られる。

来歴

館によれば、この祭壇画は、数年前にレオナルド・ダ・ヴィンチに注文されたものの完成しなかった祭壇画に代わるものとして描かれた。館が Google Arts & Culture に寄せた解説によれば、レオナルドの作品は1481年に彼がミラノへ去ったときに未完のまま残され、いまはウフィツィにある(1890年目録1594番)。スコペートの聖堂は1529年から1530年のフィレンツェ包囲を前に取り壊された。本作にはもともと聖人たちと「悲しみの人」のキリストを描いた裾絵が付いていた。枢機卿カルロ・デ・メディチ(1595〜1666年)の没後、1666年からウフィツィにある。

意義

館によれば、ニューヨークの美術史家ジョナサン・ネルソンは、館の映像で、ジョルジョ・ヴァザーリも関心を寄せた「ムーア人」の姿が登場するこの作品を紹介している。館の作品頁は、関連作品としてレオナルドの未完の《東方三博士の礼拝》を挙げている。日本語版ウィキペディアは、本作を細部への関心が強まった晩年の様式の作品とし、人物の神経質なリズム感や背景の風景に、外国の絵画の知識の影響がうかがえるとしている。