
ソフォニスバ・アングイッソラ《画架の前の自画像》(ワンツト城博物館)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1532–1625年
- 国籍
- ミラノ公国(クレモナ)
- 様式
- マニエリスム
ソフォニスバ・アングイッソラ
クレモナの貴族の家に生まれたイタリアの画家。当時の女性には異例の絵の修業を積み、家族や自身の肖像画で名を上げた。フェリペ2世の宮廷で王妃エリザベート・ド・ヴァロワに仕え、晩年はパレルモで暮らした。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ポズナン国立美術館によれば、1532年にクレモナで生まれ、1625年にパレルモで没した。プラド美術館によれば、貴族の家に生まれ、五人の姉妹とともに絵を学んだ。父アミルカーレは、当時の女性には異例の美術教育を娘に与え、ソフォニスバは妹エレナとともに1545年頃からベルナルディーノ・カンピに、1549年からはベルナルディーノ・ガッティに学んだ。父の尽力もあって、その才能はミケランジェロにも認められた。1559年、アルバ公とセッサ公の仲立ちでマドリードのフェリペ2世の宮廷に招かれ、王妃エリザベート・ド・ヴァロワの侍女として仕えながら、王家の肖像を描き、王妃に絵と素描を教えた。1571年頃、シチリア副王の弟ファブリツィオ・デ・モンカダと結婚してシチリアへ移り、夫の死後はジェノヴァの貴族オラツィオ・ロメッリーノと再婚して、ジェノヴァとパレルモで暮らした。1624年には若いアンソニー・ヴァン・ダイクがパレルモに彼女を訪ね、その姿と助言を旅の手帖に書きとめた。
様式
プラド美術館によれば、肖像画にすぐれ、人物を日々の営みの中に、その人柄を伝える品々とともに描いた。読書や楽器の演奏、絵を描く姿を見せる数多くの自画像も、身分にふさわしい営みを示している。師カンピを通じて、クレモナで大きな力を持ったコレッジョの影響を受け、物や素材の写実はやわらげられたが、人物の心理への関心ははっきりと表れている。ポズナン国立美術館は、ミケランジェロとレオナルドの影響の反映も指摘する。
代表作
1556年にヴァザーリが画家の生家で見てたたえた、三人の妹と乳母を描いた《チェスをする画家の姉妹の肖像》(1555年、ポズナン国立美術館)が知られる。プラド美術館の《フェリペ2世の肖像》は、かつてフアン・パントーハ・デ・ラ・クルスの作とされていた。
影響
ポズナン国立美術館によれば、父か兄が画家でなければ女性が絵を学べなかった時代に、男性の道とされた画家となり、目覚ましい成功を収めた。しかし没後は長く忘れられ、署名のない作品はほかの画家の作とされた。妹エレナの初期の肖像がティツィアーノの作とされていたのもその例である。