- 生没年
- 1629–1684年
- 国籍
- ネーデルラント連邦共和国
- 様式
- オランダ黄金時代の絵画
ピーテル・デ・ホーホ
オランダ黄金時代の風俗画家。ロッテルダムに生まれ、1655年にデルフトの画家組合に入った。中庭や室内に女性と子どもの家庭の情景を描き、建物の遠近と光にすぐれた。1660年にアムステルダムへ移った。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1629年にれんが職人の子としてロッテルダムに生まれた。初期の伝記作者アルノルト・ホウブラーケンによれば、ハールレムを中心に活動したイタリア風景画の第一人者ニコラース・ベルヘムに学んだ。1655年にデルフトの聖ルカ組合に加わる。1660年にアムステルダムへ移り、1679年に息子ピーテル・ピーテルスゾーンがアムステルダムの精神病院に入れられたのが、画家についての最後の記録である。年記のある最後の作品は1684年のもので、没年と没地は分かっていない。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、女性と子どもの家庭生活を描いた絵で最もよく知られる。1650年代の作品は、1650年にはデルフトにいたカレル・ファブリティウスの遠近法の研究に負うところがあるとみられ、様式は、交流があったに違いないヨハネス・フェルメールにも通じる。建物の遠近、物の細部や質感の描写にすぐれ、人と人との関係を細やかに描き出した。アムステルダム時代の後期の作品は、都会の流行の暮らしを、より暗く豊かな色で描いている。
代表作
風俗画の《デルフトの家の中庭》(1658年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)のほか、同館の《中庭の女と女中》《中庭の音楽会》《二人の男と酒を飲む女》が知られる。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、家庭と家族の切り盛りを説くヤーコプ・カッツらの書物が広く読まれた時代に、デ・ホーホはそこで説かれた理想を目に見える形で確かめ、励ます絵を描いた画家の一人だった。2019年から2020年には、デルフトのプリンセンホフ博物館で回顧展「ピーテル・デ・ホーホ――フェルメールの影から」が開かれている。